17歳で約3億円を宝くじで当てた男性、金銭に関する苦労が絶えず29歳の若さで孤独死
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1072183&media_id=49
金は、毒にも薬にもなる。それが分かっていればこんな事にならなかったと思うのだが…。
それより、こういうニュースを見て『ああ、かわいそう…』と思うより『ざまぁ見ろ…』と思う人が多いのだろうか?私には『ざまぁ見ろ!』と思う人間の気持ちがまるで理解できない。
そこでちょっと調べてみた。
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「他人の不幸は蜜の味」であることが脳科学的に証明される
http://www.nirs.go.jp/news/press/2008/02_12.shtml
今回の研究成果は、普遍的な感情である妬みとそれに関連する他人の不幸を喜ぶ感情の脳内メカニズムを明らかにするとともに、ある精神状態の脳活動から次に起こる精神状態とそれに伴う脳活動を予測するという新たな展開をもたらしました。身体の痛みに関係する前部帯状回が心の痛みである“妬み”にも関与していることは興味深く、この活動が他者と自己との関係性で変化することもわかりました。妬みの対象の人物に不幸が起こると、その人物の優位性が失われ、自身の相対的な劣等感が軽減され、心地よい気持ちになります。この心の痛みの強い人ほど、他人の不幸が起きると痛みが緩和され、蜜の味と感じやすいことが脳科学的に示されました。
心に痛みを抱えた人は、その心の痛みを軽減するために、他人の不幸を喜んだり、不幸そのものを引き起こそうとする非道徳・非建設的な行動を取る場合があり、時には犯罪につながるケースもあります。また集団の中においては、構成員の妬みや過剰なライバル心、集団全体の不幸を喜ぶような感情を上手くマネジメントできなければ、妨害行為やサボタージュといった集団全体の生産性に関わる問題につながり、集団の心理的な健康状態を保つことは、職場のメンタルヘルスのみならず、経営学、経済学、政治学といった領域にも関係してくると考えられます。心に痛みを持っている人をケアしたり、そのために起こる犯罪などを防ぐには、精神状態を客観的・科学的に評価し、次の精神状態を予測して、建設的な問題解決策を提示する科学的な心理カウンセリングが有効であると考えられます。本研究の成果は、このような手法の開発や情操教育といった心理、精神医学、司法や教育に関連する分野への応用が期待されます。
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『妬みの対象の人物に不幸が起こると、その人物の優位性が失われ、自身の相対的な劣等感が軽減され、心地よい気持ちになります。この心の痛みの強い人ほど、他人の不幸が起きると痛みが緩和され、蜜の味と感じやすいことが脳科学的に示されました。』
劣等感が強い人ほど妬みが強く、自分より優位にある人間が落ちるのを見たくて仕方がないという事になる。
自分に自信がない人間は普段から心に痛みを持っており、人の不幸が起きるとその痛みがなくなるので快感という事か。
ライバルを蹴落として勝ち上がらないと生きていけない野性の心のなごりだろう。
しかしこの心がない人間とある人間の差はなんだろうか。
ある程度最初から優位な立場にある人間というのは心に余裕があるので、こういう嫉妬心のような劣等感はあまり持っていない場合が多いと思う。
仕事がうまくできない。異性にモテない。先天的なセンスがない人間で、かつ努力が好きではない人間が人の不幸を望むような汚い人間になる可能性が高いという事になると思うのだが、そういう脳になってしまった経緯を探ればそれは改善できるようにも思う。
足の引っ張り合いは集団としてよい結果を生む事はない。故に個人的感情など集団においてはあまり重視されるべきではない。しかし人間は感情の生き物であるので個人の感情を蔑ろにしすぎると必ず問題が生じる。
これをどう処理したらよいかという問題になるのだが、脳科学的に考えて、脳内に分泌される酵素をコントロールする事で精神状態や思考をよい方向に持っていくという事が考えられる。
しかしこれはどこまでしてよいモノなのか、個人のアイデンティティはどこまで保護されるべきなのか?という重大な問題に差し掛かる。
私の意見では”他人を妬む心”など今の文明社会では全く必要ないので、たとえば食事療法で改善されるのであれば、すべての嫉妬心の強い人間は食事療法をすべきだと思う。
これを洗脳と取るのか、食事による生活習慣改善と取るのかは判断が難しい所だが、拒否する理由は、個人の思想を奪う行為だと思うからしか思いつかない。
犯罪をしても平気だと思う人間に、脳の状態を常に監視しながら食事療法や生活改善療法を施し、そう思わなくさせるように努力するのは洗脳であろうか?そしてそれは個人を無視する人権問題なのであろうか?
犯罪だと決めるのは法律であるので、基準を法律ではなく道徳にすべきではないかとも思うが、現状の日本では不可能だ。
現状ではヒガんだり、人の不幸を笑ったりしただけでは、逮捕されない。
これを罰則の対象にしてしまうというのがまず先なのかも知れない。
2ちゃん等で人を馬鹿にしたような下らん書き込みしてるヤツは全員逮捕すればいい。
道徳と法律をもっと近い存在にする事が今の日本には必要だと思う。
道徳心がない人間を罰し、正義の為に勇気を持った人間を表彰する。
罰則だけではなく良い人間を褒めるシステムを作ればいい。
キムタクのMR BRAINがさらに発展したような、犯人逮捕だけではなく刑務所内での脳コントロールもどんどんしていくべきだと考える。
当然、国家に洗脳されてしまう可能性もある危険な事なので、市民オンブスマン的な機関も同時に進化する必要もあるし、その機関との癒着を防ぐ手段も考えなくてはいけない。
他人に勝つのはいい気分がするが、本気でライバルが落ちるのはすごく寂しいと思うのは私だけじゃないはず。なんでそれが蜜の味なんだろう…。私には理解できない。
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