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2009年12月13日08:43

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アロハ。

韓国に親しみ63.1%=米国とともに過去最高−内閣府調査
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1048626&media_id=4

何の調査だ?本当に仲良くなったと思うか?もっと深い部分で話するつもりはないのかな?
表面上取り繕って何になる? 戦争ビビるような外交すんなって思う。

言い方という問題が一番難しいのだとは思うが、本当に心からの気持ちを伝えたいのであれば一切引くべきではない。一心不乱にその事を使えるべきだ。ビビッて逃げたりお互いに嘘を暴きあって正義ヅラするだけが能ではあるまい。



話は変わるが、今回は韓国ではなくハワイアンの嗜好でいこうと思っている。
たまたまアロハという言葉が気になる事があり、色々ネットで調べてみた。

ALOHAのスペルには意味があるとされているようだ。

A - Akahai(上品さ、優しさ)
L - Lokahi(調和)
O - Olu'olu(思いやり)
H - Ha'aha'a(謙虚さ)
A - Ahonui(忍耐)

または

Alo - 一緒にいる
Oha - 幸福
ha- 息
A - 生命


実際には 愛・信用・誇り・叡知・歓迎・こんにちは・さようなら・ありがとう・愛している という意味で使われているようだ。(先日の流れでソース元はあえて出さない(笑)。

今回アロハの意味を探すのにネットで色んなブログなどを見た。多くの人が『たくさんの意味を持つALOHAは素晴らしい言葉です。』などと書いていた。

しかし色々と見ていくと、こういう文章を書いている人を発見した。

『そういう意味でアロハという言葉ができたのではなく、アロハという言葉をつかって後付けで意味を説明したものだ』と。

「なるほど…」すごく納得できた。何かスピリチュアル的なモノをみるとすぐ憧れて、何でも意味をつけて『素敵…』なんて思う人がいるが、僕が色んなブログを読んだ結果、私が感じた事はアロハとは地域に密着した思想であり生き方であるという事。

そもそも『たくさんの意味を持つアロハ』が素晴らしい言葉なのではなくて、『アロハという言葉がハワイの精神である』ので素晴らしいのではないか?

本来、言語というのはその国の歴史を表していると思う。英語を使う人は日本人の脳ではなく英語という言語の脳をつかって物事を判断するようになるし、インドネシア語を使う人はインドネシアの脳で物事を判断するという意味だ。これは私の感覚なので否定したい方は否定すればいいが、私は外国に住んでいて常にそう思う。 単語・文法・慣用句には歴史が組み込まれているのは当然の事、さらにそれ以上のモノも感じる。

アロハという言葉は、単なる憧れで語るには少々重過ぎる気がする。

リリウオカラニ(ハワイ語:Lili‘uokalani、1838年9月2日 - 1917年11月11日)は、ハワイ王国第8代の女王であり、最後のハワイ王。在位は1891年1月29日 - 1893年1月17日。1862年にアメリカ人のジョン・オーウェン・ドミニスと結婚した。1878年に作曲した『アロハ・オエ』は今でも多くの人に親しまれている名曲として知られている。)

クイーン・リリウオカラニはこう言ったそうだ。
"Aloha is to learn what is not said, to see what cannot be seen and to know the unknowable."
「アロハとは、語られていないことを知り、形のないものを見る目を持ち、そして理解し得ないことを理解すること」

ものすごく理解できた…。 

『アロハは素晴らしい言葉です』なんていうブログがウンコに見えてきた。
スピリッツ(魂)なんてモノは言葉で説明されるようなモノではなくて感じるモノだと思ったからだ。教えるものでも押しつけるものでもない。「感じる」こと「心の状態」だという事だと分かった。

バリ島好きの人の中にも、憧れ的な感じだけが専攻して本当の中身を知ろうとしない人が多い。きれいな部分、憧れる部分だけを旅行代理店がクローズアップして射幸心を煽るからだろう。

最初はどんな入り方をするかは個人の自由なのだが、やはり興味を持って好きになるという事は、上っ面のきれいな部分を眺めるのが好き!なんて事をしては失礼だと思う。

楽しみたいだけ…。 感動したいだけ…。 癒されたいだけ…。 お金払ってるんだから当然。
そんなブサイクな人間が増えてほしくない…。


アロハ。 生命の言葉なのだろうと思う。 

日本語にも言霊といういい言葉がある。 言葉には魂が宿る。
言葉は一字一句、責任を持って言うべき(書くべき)だと思う。

人間だから間違いもあれば、感情的になる事もある。 故に間違えた事を言ったり、暴言を吐いたりするのがダメなのではないと思う。無責任な言葉がダメなのだろう。たとえ正論であっても無責任な言葉や無責任な感想が人の心を傷つけるのだと思う。

気を許しあった人間同士以外での会話というものは、常に誠意を込めた言葉でないと相手を傷つけてしまう。それを理解する人間が増えれば世界はもっと優しくなるように思う。

覚悟を持った言葉というモノにはたとえ間違っていようがアホそうであろうが魂が宿る。それは真実ではないかもしれないがニセモノとも言い難い。 逆に世間的に正論であろうが無責任な人間から発せられた言葉はニセモノでしかない。

こういった意味では中国・韓国の方が日本よりずっと覚悟があるというのは否めない事実だ。
先に書いた通り、嘘、事実隠蔽などの証明はまた全く違う次元で話すべき事ではあるが、嘘を暴く事や揚げ足をとる事にこだわりすぎてもあまり意味がないと思う。

覚悟のない人間はナメられて当然だ。

各々が自分の言葉にもっと重みを感じて覚悟をもった方が世界は他人に厳しくそして優しくなれるような気がする。
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