昔々、どこかで読んだのですが、どこのなんという話だったか思い出せません。
中国の話だったような気もするのですが、ぜんぜん違うかもしれません。
ご存知の方は教えてください。
昔、あるところに、彫刻の巧みな者がいた。
若い頃からその天分は明らかで、高名な師につき、修行を重ねていた。
なにを彫らせても本物そっくりで、鳥は飛び立つよう、動物は走り出すようだった。
若い頃は師匠の厳しい教えもあり、真面目で謙虚であった彼だが、技術的に師匠を越えたあたりから次第に傲慢になってきた。
天才だ、名人だ、と誉められ、それを当たり前と思うようになってきた。
その名声はやがて皇帝にも届き、「朕のために虎を彫れ」 との依頼が来た。
彼は誇りに思い、それは見事な虎を彫り上げた。
皇帝は喜び、褒章として、彫刻の材料となる玉(ぎょく)を、それも、皇帝の莫大な宝玉の中でも最も巨大な玉を与えた。
彫刻家は喜び、これで何を彫ろうかと考えた。
巨大な龍か、
皇帝の立像か、
あるいは、あるいは、、、
考えに考えた後、彼は、「世界」 を彫ることにした。
世の中のありとあらゆるもの、全ての事象を、一体の彫刻に彫りこもうというのだ。
自分ならできるという自信もあったし、周囲の人々も賛成した。
彼は彫り始めた。
が、思ったよりも難しい。
彫るうちに、まだ知らなかった新しいことが現れ、それを修正しようと一部を削り、彫りなおす。
そんなことを繰り返すうちに、ちょっとずつ、ほんの少しずつ、玉は小さくなっていった。
やがて世間の人々も、いつまでも出来上がらない 「世界」 を忘れ、そしてその彫刻家のことも忘れていった。
それでも彫刻家は、一人彫り続けた。
彫っては削り、また彫っては削り。
彼はいつまでも世界の姿が定まらないのを嘆き、ついに、世界の全てを知るために旅に出た。
世界は未知なる物に満ち溢れ、その全てを目に焼き付けながら彼は旅をした。
やがて彼は戻り、再び彫り始めた。
しかし、それでも世界は姿を変え続ける。
少し小さくなった玉を残し、彼はまた旅に出る。
帰っては彫り、また小さくなった玉を残して旅に出る。
そんなことを繰り返すうち、皇帝にもらった玉は、もうとても世界を写すことの出来ないほど小さくなってしまった。
彼も老いてきた。
もはや彼のかつての栄光はすっかり去り、旅ばかりしていたせいで若い頃得た財産もすっかりなくしてしまった。
彼はついに自分の死期を悟り、旅から帰ってきた。
彼の小さな家は街道沿いにあった。その家の前の道には以前から小さなくぼみがあり、道行く人がつまずくことがよくあった。
旅から帰った彼は、小さくなってしまった玉を取り出し、最後の彫刻を始めた。
やがて彫りあがったそれを、彼は通りの小さなくぼみにぴったりとはめこんだ。
平らになった地面でつまずく人はいなくなった。
彼は満足そうに笑い、そして死んだ。
誰も彼のことを覚えておらず、葬儀は質素なものだった。
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