いきなり学生の禁止事項みたいなタイトルやけど、最近の若者は風紀が乱れ、これらがあたり前になってきた。情緒ある日本人像はどこへやら、見た目を他人と区別化したいのか、何の自己主張なのか分からないけど、それらが溢れ返れば、何ら特別なモノではなく、平均的な普通バカの出来上がりではないだろうか!!
と、いきなり説教ジジィくさいオープニングから始めてみました。でもこれは紛れもない事実ですね。ネコも杓子もって同じスタイルで、それを傘に着てオラオラオーラ(しゃれではない)を発しまくり、確固たる理由もないのに自分だけは特別な人間だと思ってしまって他人を見下す。いやー最悪デスネ。
さて、ここまでケナシタ後に、言うのも何なんですが、私は全部が当てはまります。当てはまると言う表現はおかしいですね。平均値以上の迫力であると自負しております。はっきり言うと見た目はおっかない人でしょう。
どうして、こういう経過になったか自分なりに振り返ってみたいと思います。これが次世代のガキの何かヒントになるかもだからです。まず中高校に遡らないといけないですね。
学校というのは風紀、学則というモノがあります。それは学校を運営する上でとても大事な法律です。これがあるおかげで学校というモノが厳かな存在で勉学をする姿勢というのが学べる訳でしょう。ただ、今の教職員の中には「みんながやってる事が何故できないの?」「そうなってるんだから、仕方がない、守りなさい。」などと信念も志もひったくれもない教育をしてしまっている人が存在するという問題点があります。教職員だって1人の人間ですが、思春期の少年少女にとって、教育する立場にある人間に対して完璧を求める時期は少なからずあると思います。理想は全ての教職員が、「しなければならない事」に対して、確固たる自分の信念、若しくは、教師自身も完全に納得した集団としての信念を持つべきだと思います。
もし、それができれば、口か裂けても「みんなしてる事がどうしてあなたにはできないの?」なんて言葉は出てくるはずがありません。1人1人の教師が、どうしてそうしなければならないのかを、詭弁でもいい本当に心から、思っている事を表現できる環境を学校が作るべきなんでしょう。責任責任と責任を履き違えている大人に教育が出来るはずがないんです。
これは、生徒としての一方的な意見ですが、あくまで理想です。そして、そうではない人間を見た結果、私は権力や、理解できない法律、大きな力、大人らしい意見に反抗心を持つようになったと思います。それにさらに拍車をかけたのが、遊びの魅力だったように思います。それは単純にガキの甘えた好奇心、ひいては他人の迷惑を顧ない乱暴な行動の原動力になると思います。
今、デカいピアスのアナもあるしタトゥーもあるし、髪は茶でも黒でも白でも赤でも何でもいいって気はしますが…。それらを後悔した事はありません。間違いなく対人関係で不利益を自分にもたらします。でも、それも含めたのが僕の人生です。
暴力は絶対いけない。殺人は絶対いけない。なのに今まで人間の歴史は戦争の歴史です。自分だけ正しくても生き残れる保障はどこにもありません。最悪の事態に自分や家族、仲間を守るにはそれなりの経済力、コネクション、自分自身の強い信念がないと守りきれないでしょう。
そうじゃなくって普段の日常生活において対人関係をスムースにする事をまず考えなくてはいけないのでは?との意見もまた正論です。でもなぜかアナーキストにはアナーキストな寄ってきます。そんな友達から私はパワーをいただけます。
対人関係に必要なモノはそれ以外にも沢山あると思います。僕の持論では心粋と根性ですね。「根性だけではどうにもならない事がある。」と言う人もいます。これは事実です。でも根性があれば、どんな最悪の事態にも心が折れる事はありません。
まとめると、対人関係において見た目はすごく重要であるので、感じのよい人間像を自分に作り上げる事はすごく重要である。ただ、それをしたくない場合には、不利益である事を自覚して、それを隠すのではなく生活にする生き方を見つけると、そういうタイプの人間は生きがいが持てるという事。
そして教育者はもっと自分自身の信念と自分の言動から波及する影響力を知るべきです。
そして最後に、学生は茶髪、ピアス、タトゥはするべきではないと思います。でもどうしてもしたかったら、退学や厳しい指導覚悟でやるべきです(笑。
そして教職員の方々!!(見てる訳ないか…。)絶対に「みんながやってるからしろ!」「そうなってるからしろ!」「学校卒業したらいくらでも出来る!」これらの無責任で信念のカケラもない言葉を生徒に言わないでください!
思いついた言葉の羅列なので、理解しにくい所は申し訳ないです。
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