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2026年08月23日15:26

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■東武日光線の4人死亡事故 当日は作業開始から事故までに3本の列車が駅を発着か 警察は作業元請けの「東武建設」を家宅捜索

■東武日光線の4人死亡事故 当日は作業開始から事故までに3本の列車が駅を発着か 警察は作業元請けの「東武建設」を家宅捜索
(TBS NEWS DIG - 08月23日 12:36)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8918614

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栃木県の東武日光線・新鹿沼駅で、作業員4人が列車と接触し死亡した事故で、作業を始めてから事故までに3本の列車が問題なく現場を通過していたことがわかりました。

この事故は今月20日、新鹿沼駅の線路上で除草作業中の作業員4人が、ホームに入ってきた特急列車と接触し、死亡したものです。

警察はきょう午前、作業を請け負っていた「東武建設」の事務所に家宅捜索に入りました。

また、東武鉄道の関係者への取材で、当日は午前10時から作業が始まっていて、事故のあった午前10時46分ごろまでに特急列車を含む上り列車2本と下り列車1本が問題なく駅に停車し、出発していたことがわかりました。

作業の計画では、作業員らは駅からみて東京方面側の踏切を出発し、下り線の除草作業をした後、次の踏切で駅に向けて折り返し、上り線の除草作業を行うことになっていて、この上り線の作業中に事故は発生しました。

また、列車の接近を知らせる「列車見張り員」も、作業員とともに場所を変えながら見張りをしていたということです。

東武鉄道は、「捜査には全面的に協力していく。ご心配とご迷惑をおかけしたこと深くおわび申し上げます」などとコメントしています。
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果たして事故なのだろうか?

何十年も続けてきた安全手順さえ守れなくなってきたのだとしたら、その原因はどこにあるのか?

安全手順がある事をしりつつ無視したのならば人材の劣化を疑うだろう。だが、その発注先が下請けとかバイトで必要な伝達事項のやり取りをしていないとしたら?

やり取りはしているつもりだが、だたマニュアルなの手順書を送付しただけで読んでいてね、と確認しているだけだとしたら?そんなの常識でしょう?と他社にも要求しているとしたら?

その確認手順というのは、従来の日本は、談合のコミュニティである程度の教育と選別としていた。持ち回りを発注者に認めさせる変わりに、自分たちの側で自主的に品質保証をしていた側面がある。それが満たせない場合は談合にも参加させない。そのためには参加するプロトコルが高かった。その代わり、一度入ればある程度の自由や裁量を任せられた。最初のハードルを高くすることが最大の効率化であるコミュニティであった。

これをアメリカ式の変えようという運動が小泉改革で起きた。参入するチャンスを増やす事は、価格破壊につながる。これをメリットとした。搾取する側からすれば、納品後の品質などどうでもいいから。なぜなら契約書で明記しておけばいいから。そして日本の古い商慣習は弁護士のチェックを受けなかったから。

システムの更新時には詐欺的手法が横行する。法の網の目を抜けやすいからだ。ここに一定の安定をするまでにはある程度の時間がかかる。

アメリカにもハードルの高い部分とハードルを低くしている部分があり使い分けている。ひとつのは移民が多く、人の移り変わりが激しいというのがあるだろう。そういうコミュニティではハードルを高くしてゆっくりとなじみ教育し慣れてゆくのは無駄なコストになる。早く入れて、その代わり、権限を細かく決めて、それを逸脱しないようにする。前提条件としてお互いの常識が異なっている、という点を重視する。そういう形での最も効率的な方法が商慣習として成立してきた。

鉄道など明治以来ずうっと維持してきたシステムだ。そして鉄の固まりという点では車など目ではない。よって物理力も圧倒的である。つまり軽く触れても人を裂く。それは明治の陸蒸気の頃からそうであった。そういう危険性に最も近づく保守要員に対して、四人も人が死ぬというのは人材の劣化だけでは考えにくい。

つまりシステム的な破綻が考えられる。たとえ最新設備を装備した最新式の安全プロトコルでなくても、昭和から続く昔ながらのプロトコールであっても、手順さえ確立していれば起きない事故であった筈だ。そして絶対に起こしてはならない事故と担当者たちは言うだろう。

ならばこれは事件が起きたという意味だ。

という寄り道はここまでにして、「ご心配とご迷惑をおかけしたこと」という言葉使いが気になる。ご迷惑をかけたという場合、恐らく鉄道の運行が遅延や中止によって乗客に迷惑をかけた。または金銭的損失を与えたという事は考えられる。

だが、さて心配などするだろうか?鉄道を維持できる企業体が維持できないなら廃業なり譲渡をするしかない。無謀にも立て直そうとするかも知れない。だがいずれれも誰が心配するだろうか?おそらく株主である。それ以外の人にとっては鉄道という機能は欲しいがその機能が東武鉄道である必要ない。

多くの人が感じるであろうこんなので鉄道事業を維持できるのか、というのはたぶん、心配ではないと感じる。心配にも小さなものから大きなものまであるが、主に親族、友人などの間で使うものだ。他人を心配する人はそういない。愛着と心配は距離的に比例する。

心配もしてないし、迷惑もこうむってないよ、と大多数の人は思う筈である。つまり、「深くおわび」する理由として、「心配と迷惑」はお詫びする対象を限定している言葉になる。それに該当しない人に対してはお詫びする必要ないですよね、という風にも受け取れる。

だがそれは公開した時に使う言葉ではないだろう。多くの人には何も関係ないことですから謝罪はいらないですよね、心配された方、迷惑を受けた乗客の方々には謝罪します、は無用と思える。そんなお詫びならしなくてもいいのでは?とさえ思われる。

アメリカなら謝罪を無制限にすると大量の起訴が起きようだからこういういい方もあるかもと思うがさて日本でこの事故で無関係の人が自分も心労を受けた。謝罪していたのだから慰謝料を払え、となるだろうか?

とはいえ関係各社の皆様にはお詫びします、でも少し違う気になってしまう。最後を謝罪で終わらせなければならない。かといって無条件、無制限の謝罪などできるか、という話である。

つまり「お詫び」という単語が全てを縛っている。呪いか?という感じさえする。

似たような例として、「お答えは差し控えさせていただきます」がある。これもこの言葉の前に、理由を付けている。これこれの理由により、これこれする。という構造になっていて、最終的に「差し控える」にフォーカスする。これは単に拒絶しただけなのに、こういわれるとああそうですか?とマスコミでさえ良く飼われた奴隷のように発言を差し控えてしまう。答えない理由さえ検証しない。質疑応答の場でさえそうである。

本日は吉日でお日柄もよいのでお答えは差し控えさせていただきますと言われてもマスコミはそのまま受け取りそうである。

これも「差し控える」が強く周囲を縛る。殆ど、術式展開だ。

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