思った事。
大和王権は始めから日本の統一王朝だったのか?。
狭い朝鮮半島南部においても、新羅・百済・伽耶諸国が乱立していた。
更に北部には高句麗と言う強大な国家があった。
それよりも広い日本に、複数国家があっても不思議ではない。(`・ω・´)
実際に景行天皇は息子であるヤマトタケルに、九州征伐や東国征伐を命じている。
果て?統一王朝ならそんな必要がないのではと?。
私的予測だが、少なくとも九州北部に邪馬台国。
出雲には出雲王朝、奈良を中心にした地域には大和王権、関西以東にはいわゆる蝦夷の国家群があったのではないか?。
何せ古事記や日本書紀には、倭の五王である讃・珍・済・興・武の記載がほぼない。
この五人、中国に朝貢してるのだが、その記載が記紀にはないのよ。
おかしいよね、この朝貢によって官職貰ってるのに。
つーことはこの五人は大和王権の王ではない可能性がある。
まあ、その後なんだかんだあったんでしょう、大和王権が日本を統一した。
因みに邪馬台国の朝貢から倭の五王の朝貢まで、中国の歴史書に倭の記載がないのよね。
この間に何かパワーバランスが変わったんでしょうなあ。
と、ない頭で絞り出した古代史妄想でした。(笑)
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