2025年9月25日(木)日本時間AM9:54 北海道紋別市
HImaP&Σ わたなべまなぶ
記憶。
わたなべまなぶの記憶ではあると思ってる幼少期や青年時代。
この記憶が本当に自分のものだろうか?と疑問に思うことがある。
幼少期、腹膜透析して。一度死んだのではないか?
昔の幼少期の頃の写真を大事に飾り、この紋別市に帰郷して家のものを整理してひっそり消えた母。涙ぐんでたように思える。そのときのわたなべまなぶのことをその母は何者とわたなべまなぶのことを見てたのだろう?
幼少期に北見市では駅近くに札幌ラーメン館という美味しいラーメン屋があってそれがめちゃくちゃ好きでして。
その記憶が今のわたなべまなぶにはちゃんとある。断片的にね。
そして、味も覚えている。当時は北見日赤病院はまだ旧館だった頃です。
でも、現在は立派な北見日赤病院になってる。あれからだいたい35年も経過したんだ。当たり前に新しくなってるはずだ。だが、なんだか、時の流れがもっともっと長く過ぎたようにも感じる。
その頃の北見市の札幌ラーメン館のラーメンの味もちゃんと覚えているので、紋別市の西やのラーメンが札幌ラーメン館のラーメンに似てることに驚く。だが、その真意はわからない。
あの時、あの頃小学四年生頃一度死んだのではないか?
いや、死んだ記憶はないんだ。生き残ってる記憶しかない。今生きてる。
なのに、うっすらと何度か死んだことがある。いや、死んだ人の断片的な記憶なのかな?
だとすると、わたなべまなぶは死んだ人達の記憶の寄せ集めて、新しい人間になってる?
そんな気さえする。人の心を持った人間型ロボット?
なぜ、そう過るのか?今まで知った事実を知れば、それは妄想としておくわけにはいかないような気がする。
中学生の頃、腎臓移植で回復した記憶と、なぜか、学生卒業後、車を持ちアルバイトしてた頃に高速道路で居眠り運転で事故で病院に運ばれた記憶と中学生の腎臓移植の頃の記憶と重なる。
なぜか、高速道路で居眠りしても無事に紋別市に着けた。けど、あれが高速道路で事故を起こして、運ばれたけど、病院で叔母に大丈夫だからね。【痛いーって泣いて言って痛み止めで眠った記憶】
あの時に死んだのではないか?
もしかしたら、わたなべまなぶの命ってのは運命を変えた誰かの愛の生き残りなのか?
それとも自分の記憶そのものが偽物で、数人の記憶が混ざる複合的な記憶を持った人間なのか?
今は犯罪者で罰を受けてる人間なのか?だからその罰を病気という形で受けてるのか?
そういう自分の記憶と過去が本当に自分のものだと思ってるけど。
そうじゃないのかもしれない。改ざん、過去を変える。
タイムトラベラーは本当にあるし、時差やタイムスリップもある。
死んだ記憶すらないけど、うっすらある死んだ記憶は本当はそれは自分ではなく、断片的に強く残った誰かの記憶だったりするのか?
だとしたら?自分という存在はなんなんだ?
ロボットなら、記憶がない間の発生することも理由がつく。
いや、生命のある人間だろうけど。
だが、肉体を変えて生きてるとしたら?でも、鏡では同一の顔に見えるしそんなことはないと思う。
浮腫むので顔の人相も変わるけど、たまに肉体が余計に太ってたり、痩せたり、筋肉質だったり、1日で変わるはずのないような状態になったりしてる。
でも、それが未知の何かなのか?病気というものに一区切りされた認識にされてるのか?わからない。
Nic Chagall
This moment
懐かしくもあるこの記憶。だけど、その記憶は本当は誰のものだろうか?
本当に自分の記憶なんだろうか?
この記憶の本当の家族だった人達。
HImaP&Σ わたなべまなぶ
ログインしてコメントを確認・投稿する