肝硬変の次のステージは、癌化なんだよね。
それで、飲酒習慣が激しく病んでる女性たちを、かなりな数を知っている。
私が抗鬱薬を10余年にわたり服薬している間、彼女達は毎週毎晩なんやかやと理由をつけては呑み会を繰り広げてた。
癌患者の予備軍が毎日毎晩集う店が、自宅の周囲をぐるりと囲む様に点在しているのが、今の私の住まいだ。
今の住まいに越して来る前は、自宅から5分も歩けば呑み屋が軒を連ねる場所だった。
その前は自宅の斜向いに呑み屋があり、その前の住まいでは自宅の窓から見下ろせば呑み屋があって…。
思い返せば私の小学校入学直前から数年住んだマンションは繁華街に建っていて、川崎駅を出てさいか屋前の101号線沿いに南下すると今のメットライフ生命ビルと総合新川橋病院とハローワークに隣接する旧川崎警察署後の派出所が見渡せる場所にあり、メットライフ生命ビルの脇から悪名高い
♪死体が転がる仲見世通り♪
と歌われた仲見世通りが始まるのであって、川崎駅前と言えばそりゃあもう呑み屋の集積地みたいなもので…。
私の人生の9割がたの歳月は、私の周囲を呑み屋と酒呑みが取り巻き彩っていたよーなものだ。
抗鬱薬を10余年にわたり処方されて服薬していなければ、私自身も人並みにガブガブと酒を呑んでいたやも知れないが、飲酒習慣の確立されなかった私の手許には常に煙草とライターが有る。
恋愛結婚妊娠出産の経過中にも服薬していた抗鬱薬の処方が無くなりはしても、私には出産後3年で発症した喘息の治療があり、同時進行に育児がありして、私の飲酒機会は先ずもって
『PTA役員会謝恩会』
くらいなものだった。
酒呑みは、一定の距離を開けて見ている分には、本当に本当にもの凄く面白い生物なのになぁ…。
抗鬱薬の処方が無くなり、今は飲酒もOKの健康状態ではあるのだが、元来が酒に弱くてアレルギー体質故に現在ではアレルギー喘息が有る為に酒なんて月に1度か2度しか呑みやしない。
その上に私は、ビールの350�栖未鬘泳楸�けただけで顔が真っ赤になるんだよなー(←健常者を気取ってみたいだけ)。
■酒に発がんリスク明記を=適量基準見直しも勧告―米当局
(時事通信社 - 01月04日 07:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=8155522
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