HImaP&Σ 渡部学(ワタナベマナブ)。
2024年9月15日(日)日本時間、PM0:39、北海道紋別市。
昔の自分自身は金銭的にがめつかった、どもまなPです。
始めに、自分自身が持つお金は奪われたら実質困るのだけど。
昔ほど、自分自身の持つ金に執着しなくなった。
昔のまなPは自分自身の金がもし誰かに奪われたら?なんて想像の中で思ったら苛立ちがあったんだ。
確かに今も奪われたら困ることはある。お金で成り立つ生活があるからね。
でも、今は1日が幸せに生きられるなら、必要な額を持ってたらそれでいい。
その根本的な部分に気付いたら、そういういらない欲というか、金を奪われたとか変な恨みや僻みがないというか。
今が自分自身幸せなら別にいい。って根本的な幸せの意味を知ってしまったというか。
人ってさ。自分自身、とくに大金持ちになると、奪われるって感覚は特に怒りを発生してしまう。
生きる上で自分自身が幸せなのに、そこに怒りを持つんだ。
俺のだ、おれの物だ、俺のものを奪いやがって。
自分自身が幸せなのに、強欲になる。
今までのまなPはそうだったんだ。不思議だよね。
現在は幸せであればいい。そこにお金の量は意識してない。
無頓着でもないけど、こだわりがない。
今、幸せの形や状態があるのならそれだけでいい。
お金の量ではないんだ。そんな幻想にはもう揺らされない。
俺の物だ、俺の金なのに、俺の、俺の。
そんなの捨ててしまった。(笑)確かに自分自身のものでないと困ることはあるし、お金で成り立つ幸せでもあるのだけどね。
幸せってのは難しい。俺の、俺のって気持ちが悪いわけじゃない。
奪われたら困ることはある。幸せを保つためにね。
でも、未知の領域を知り、大いなる循環を知ってしまい。
なんかバカらしくなった。
俺のだ、俺の物だ、俺の、俺の。
金も最愛の人も心友も物も生活も、自分自身のものではない。
自分自身の人生は自分自身の幸せは重要だけど。それをいらないとは言わないけども。
金をたくさん持ってるから偉い人間だとか。そうじゃないとか?
社会人だから偉いとか、そうじゃないとか。
もうどうでもいいんだ。何者になるつもりもない。何者にもならなくていい。
ただ自分自身が幸せであることが重要であるだけ。
最近はそういう生き方なんだよ。
ひまぴー(ハイマップ)&シグマ 渡部学の人生を歌う言葉。
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