HImaP&Σ 渡部学(ワタナベマナブ)。
2024年8月31日(土)日本時間AM10:12、北海道紋別市。
今日は曇りと雨。
猫はくんくんする生き物だなぁーって思って、なぜか、1日履いた靴下を嫌なのに、嗅いで確かめてしまう、ども、まなPです。ちなみに家にばかりしてホームサンダルを履いてるまなPは透析患者で汗をかきにくくなってるので足臭くなりにくいのです。(笑)毎日シャワー入ってるしね(笑)
趣味の書き物のたまに誰かの投稿の言葉にインスピレーションをもらう。
インスピレーションをもらったので今回もその人の言葉によって湧いた思考で書いていきます。
価値観が合わない人達ともいないと世界が狭くなる。
この言葉にインスピレーションをもらった。
インスパイアした内容。
渡部学の持論は、価値観の合わない人とはそもそも全て合わないので、一緒に居ても何してても理解が生まれず、喧嘩や争いに発展する。
だから、世界が狭くても価値観の合う人だけの人間関係を目指す。
これが渡部学の持論。
細かくいうと、全く一緒な価値観を持った人なんてのは細かく項目分けるといないに等しい。
大きな項目で言うと、価値観が合う人とは心地よい人間関係を築けて理解にも恵まれる。
価値観の合わない人とはどうやっても上手く行かず、ストレスになる。
だから、このコメントをした人は。
渡部学の理解はだよ。
細かく価値観の合う人ではないものの、大きな項目で価値観の合う人達のことを指して、【価値観が合わない人達】と総称してるのだと思う。
細かく価値観が合わない人は確かにたくさん居るというより、細かく分ける範囲にもよるけど。
細分化したら合う人は本当に少ない。
だから大きな項目での価値観が合う人はむしろ、ほとんどであるのと同じことだし。
だから、その範囲によっても指定してる内容が変わるよね。
そう思いながら、持論をコメントした。
理解はしてる。察してもいるが。
コメントとは完全完璧に補足説明するには長くなるのでさらっとしたコメントが多い。
だが、渡部学はコメントが長いのが特徴でもある。
短くまとめることもあるし。色々。
よく、長くコメントするとアンチな反感を買うことがある。
その人の心理はウザイとか、心理的に個人的に嫌気からくるものだ。
なぜだろう?(笑)
人に伝えたいことってのは色々あるし、その人によっては理解力が異なる。
その理解力が異なる範囲の人々に多く、理解を得るようにすると文章とはリアルに物事を伝えようすると、余計に言葉とは多くなる。
小説とか読む人はそれを理解してるし、作家さんはそれを理解してるから、言葉巧みにリアルさを出す。
言葉とは伝えるためにあるために、伝える内容が濃くなるにつれて言葉の量は深くなる。
言葉なくして伝わる簡潔な言葉の集約とはあるが、それは人が心理的に持ち合わせてる感情などから察することが可能だからだよ。
でも複雑な人間心理や内容ってのは伝えるのには誰でもわかるように説明とは、言葉が長くなる。
よく会社で簡潔にまず、結論から言えっていうでしょ?
でもそういった上司の中でも理解が行き届かない人間は、結論から言うと、罵声やダメ出しをしてくる。
だから、理解力のある上司はそこから、なぜ?どうして?いつ?どこで?そうなった?って順序よく必要に応じて把握するまで聞く。把握してる場合は質問を省く。
でも、理解力が乏しい上司は全て把握する前にダメ出しするから、部下は有無を言わさずストレスになるんだよ。
プレゼンテーションでもさ。簡潔に成功者になるには?
【がむしゃらに頑張れ】【金を持ってれば成功者になれる】とか一言だと
聞いてる人はなんだこいつ?胡散臭いとか、わけわかんねぇーこいつ。とか。
その意味が足りなさすぎる。
簡単な言葉に出来て伝わる内容とそうじゃないものをごちゃにしてしまう人達は、よく長いとか文句いう。
その癖、説明が足りなさすぎると文句を言ったり不満を言う。そのわりに長い話は読めない、聞けない。
確かに長すぎると読む気持ちすら無くなる人もいる。小説は読まないけど、漫画観る、漫画は観ないけど、アニメーション動画は観るというように。
人間って分かりやすく伝わるものを好むけど。それは理解力、能力や個人の性格的なものでかなり変わってくる。
せっかちな性格の人ほど、文章を読むのが嫌い。
そのわりに理解力が乏しく説明が足りないとわからないって不満を言う(笑)
個人差あるから理解力や察する能力は差があって仕方ない。
渡部学も言うほど理解力があるとも言えないし、察する能力がずば抜けてるかと言えばそうじゃない。
そうだったらもう無職ではなく、かなり素晴らしい職人的な技術を持った仕事してるはず(笑)
こんな作家さんみたいなエッセイを書いたりさ(笑)
出来る人はそれを当たり前にするのよ。
出来ない人は内容によるけど、理解が出来ない、わかってない、本質的な理解をしてないから出来ていかない。
人には向き、不向きがあって。能力も様々。
極端な話、セックスだけに特化した人もいれば。
営業トークが上手い人とか、作家並みの文章力があるとか。能力値が様々だからね。
未知の領域とか。
言葉とは本当に難しい。相手の捉え方によっても様々に受け取り方が変化する。
だから裁判所では判定は言葉巧みに悪人が法廷で勝ってしまうなんてこともあるわけか?未知の領域では全てお見通しのような気がするけど。
言葉の伝え方は重要なわけ。無視は出来ない。
ただし、言葉だけで全て伝えれるわけでもないこと。それが人間心理というもの。
言葉では言い表しづらいこと。言い表すとしても時間が必要だったり、言葉が多く必要なものがある。
それを全て頭脳に入れるなんて無理だ。
ただの一般人の無知な小悪党なんてのは、そもそも、刑法や六法全書なんて頭に入ってない。あるのはわかってても脳で本当の理解をしてないから問題を起こす。欲望のままに衝動的に。
脳みそが少ない小動物並みにね。それは渡部学も含むこと。
頭脳明晰とは頭脳明晰な人ほど素晴らしい人格者へとなっていく。これが自然の摂理。
これは言葉が足らずともわかる人はわかること。
でも、理解力がない人にはなんで?そんなことないよ?ってなるのよ。(笑)
面白いよね。人間ってのは未知の領域を駆使出来てもなお、人間である土台が同じでそこはみんな共通事項であらばこそ、結果論としてそうなることを理解をする人と出来ない人が生まれる。
そういう話。
価値観の合う人、合わない人の話でインスピレーションが生まれて、インスパイアした話。
ログインしてコメントを確認・投稿する