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2024年05月07日09:13

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俺という性格。

HImaP&Σ 創始者 渡部学。
2024年5月7日(火)日本時間、AM8:12。

俺という性格。

記憶を失うってことはどういうことか?

未知の領域を知ってしまったけど。

知っても全てを、全容をわかるような万能な能力でもないし、少しだけ認識能力が上がっただけ。

そもそも、あまり変わらない。

本日の本題は。

渡部学は忘れても、わからなくても、同じ人を愛して好きになり、同じ人と友人になり友情を絆を持つか?

例えば、渡部学の肉体を変えても?

例えば、渡部学の人格や性格だけ、誰かに乗り移っても?

まー来世とか前世とか言うことはないけど。

きっと同じような人に惹かれて、光れて、その人達と出会うのか?

新たな人脈になるのか?

いや、渡部学の本来の人格や性格を失っても、同じ人を好きになるのか?

なんて思ったけど。

本来の自分自身だから今の思いがあるんだなー。

人ってのはさ。

これも何度も話してるけど。

どんなに親しくて信頼してても、憎まれ口をたまに言ったりするし、悪口や陰口くらいする。
それは本当は絆や信用なんてないとかではない。
仲が良すぎるからだ。
本当に、全く信頼や信用や絆をないがしろにして、悪口や陰口を本当に嫌気で言うものと、見分けは結局、本人達の見えない心の距離感だろう。

その悪口や陰口は仲が良すぎるものと、本当に嫌って軽薄に言うものと、わからない人間がよく、人の絆を試してかき混ぜて様子をみようとする。

それってのはきっと自分自身がまだ人を信用して信頼して心の距離が近い人達とのことをよく理解出来てないまだ未熟な人間が多い。

よく、あるのはそういうのを面白がり、絆の強い人達の間に入って、仲違いを仕組むことをする人間がいる。

だがね。そういうことを試す人は、当たり前の人としての心情をまだ理解してないんだろう。

仲違いを仕組むから仲違いが起きる。

信頼してるのにどうしてそうなる?とか
絆あるのにどうしてそうなる?

とか人の心を試して高笑いして見下すとか、よくあるだろ?

それは絆があっても、みんなまずは自分自身が一番大事なんだよ。そこは変わらない。

最愛の人とか、信頼してる友情の心友とか。

それであっても、仲違いを仕組み、人の心理をかき混ぜることを仕組む人達の策略通りになったとき。その人を不幸のどん底に落として、助けれない状態にしたり、助けると嫌がらせを逆にされたりとかね。

それはそういうことする人の策略のようになったとしても、それは自分自身を守る根本的なものでさ。

信用とか信頼とか愛情ってのはね。

そういう不自然なことを仕組まれたら、自然のように、人は離れて疎遠になるんだ。

当たり前なんだ。

だが、幸せ同士なら結局、惹かれ会う人は惹かれ合うんだよ。

そういう心理を理解出来ない人間が浅はかにも、人の信頼や信用や愛情を崩そうと策略する。

そういうこと仕組む、その人の心理の裏には何があると思う。

妬んでるんだよ。

本当に困難や仲違いの策略しても、絆を見せつけられたら、面白く感じない、冷めた気持ちになる。がっかりする。

そして、仲違いが成功したら、軽薄に浅はかにも喜び、その策略が成功したことに面白がる。

でもさっもっと客観的にそういうことする人達の心理を見透かしたらどうだろう?

とても自分自身の心が醜く、醜態なのを感じないのかな?

でも、それに気づけないからこそ、自分自身の悪い感情のままに、妬み、うらやましい気持ちから、相手のそものものを崩したくなる。

その心理の醜態。

お金持ちにも悪人の悪事の金持ちと、正当な金持ちがいるけど。

正当な金持ちにすら妬み蹴落とそうとする人達や野心や権力を持ちたがる欲。

その足の引っ張り会いの地獄のようとかね。

善良に生きたいとか、善良な心理を持つ努力を渡部学もしてるけど。

本当に悪いことを憎まないとか、恨まないとか、怨霊の心で生きないと言ってないよ。

本当に悪いことを憎み失くすように取り組むことが善良であるんであって。

戦争とかさ。終わりのこないような戦いが起きた時に、悪いのが誰とか?も必要だし。
何が悪いとか必要だけど。

いきる上でその戦争を止めるための努力のために動く心は大事だし、理解出来ない同士なら、関わらないでいれるならそうする、離れるが正解。
敵対同士で憎まないってのは難しいけど。

それが自分自身の人生で言えば?例えば家族が殺されたとしても、殺された家族が望むのは生きてる家族の幸せなら、自分自身が幸せに楽しく生きることがその人達への願いになる。
怨霊で恨みや憎しみで生きれば、自分自身はその心に侵食されて、その心で生きてしまう日々になる。それは自分自身の幸せな人生を犠牲にしての復讐心理だけで生きてしまうことになる。

仕返し、復讐などに取り憑かれ、また二次的、三次的に、恨みと憎しみを生み続ける。

大事なのは善良とは善悪ってより、悪いことを失くす努力はするけど。
悪意や害意を受けたことに恨みや憎しみを持って生きる自分自身にならないこと。

それが善良な人間なんだよね。

あいつ、なんかムカつくとか、嫌なやつと感じたら、反抗的に渡部学もいつも反応してた。

だけど、それが間違ってた。抑止力や再発防止のための行為と

感情的な反発心は捨て去ろうって思う。
この人嫌いだって思ったら、その時は離れる、関わらない。
同じ人でも良い人だとまた思ったら、手のひらを返して付き合う。

そんな感じで、嫌いなら離れる、ずっと嫌ならそれを忘れないで、嫌なら関わらないを徹底するとか。思考の中にその嫌な人を置いとかない。それは逆に一部でそれを忘れないってことも含まれるんですよ。
忘れたら、嫌な人とまた関わってしまう。思考の中に嫌な人が入ってしまう。
だから、柔軟にね。

渡部学ってね。でも、嫌な人も忘れてしまう(笑)
だから毎回関わって、あっやっぱりこの人嫌いだわってのを繰り返したりする(笑)

バカだよなーー。能天気に楽天的に生きてる。

話変わるとさ。父が病気で心配な最近。

でもね。楽天家の俺はさ。経済的な部分でも助かってたけど、父も年齢的にそんなことが起きることはわかってはなかったけど、予想の中にはこういうことになることもしてた。

俺には治すことも不可能だし。いつから人は死ぬのだから。
父が死んだら悲しむのは時期が経過してからかもな。
逆に父が死んだら、俺はこの先どうするべきかの方が優先して思考が走る。
父には申し訳ない。今を心配するとか、悲しむとか死ぬとか。なんだか、実感もなくてさ。
父だとは思ってるよ。だけど、姿を化けた人達や、飛び回り他人に乗り移る別の人間の人格や性格などを知ると、半分は他人のような感覚さえある。
薄情な息子だよ。自分自身さえ幸せならそれだけでいい。
最愛の人も、信頼する心友もいるけど。
それよりも自分自身が一番最初に幸せであればいいと思う人が渡部学。

だからさ。家族や心友や最愛の人達が自分自身だけの幸せを優先して、渡部学を見捨てて、不幸になっても手助けしないなんてことされても。
なんも恨みはない。

だって俺も同じことをする。結局同じことをするのに、相手側だけを憎む、恨むってフェアじゃねーじゃん?
そういう時もあるけど。矛盾だからなのよ。世の中はさ。
渡部学の言葉も渡部学自身も、こう言ったからその通り以外は許さないって誰かが決めてもさ。
そいつの頭の中で、俺を決めつけただけで。

俺の人生をお前が決めんじゃねー好きなように肯定的に全て修正して、自分自身の都合の良いように変えれるのは俺のことは俺だけだ。
って言葉さえも覆せるのは自分自身。

って思ってる。わがままな中年の学でした。

共に生きよう。その日暮らしのまなぶってぃより。

人生は今しかない。
幸せってやつに勝てるやつはいない。(同等はいるけどね。)
自分が一番正しいと思ってる、だから自分自身を一番信じろ。

目に見えてないこと。姿や人では、未知の領域を見分けれない俺ではこの名言を言った本当の人は誰かわからない。

だけど、この名言って簡潔にその通りっしょ?



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