HImaP&Σ わたなべまなぶ
2023/08/01 9:08
心理的な話
1.幸せを共有したり、共感する心理の状態
2.不幸に引きずり下ろしたり、不幸になった人を見て、喜ぶ心境の状態
わたなべまなぶも含めて人間にはそういう部分がある。
1.は善良な心理で人と関わるので良いのだけど。
2.に関しては、人の不幸は蜜の味というかさ。人にはそういう部分あったりなかったりするけど、人の不幸を喜ぶ心境ってのは、皆さんはどう思う?
良い悪いで言えば、あまり良いとは思えないのに、でも、人間ってそういう部分あったりします。
ざまーみろ。とか、天罰だとか。
確かに酷く害を人に与える非情な人間などはこう思われて仕方ない部分はある。
それは事実確定してしまった行いが、仕返しや報復、もしくは運命的な天罰という結果になったこと。それで心がスッキリするってある。
わたなべまなぶもあるんだ。必要悪とか悪即斬って概念。
でも、悪ってよーく考えたら自分自身と身の回りの関わる人達に悪質な害を与えられてなく、都合良い人生と運命なら良くて。
都合悪いことだけが悪となるだけ。
つまり悪と思ってたことも、自分自身に都合良いことになると善良に変わる。
人の心理とは、一転して手のひらを返すように、都合良い運命に好転すると悪とは思わなくなり善良になる。
こういうものだと思うんです。ただし、この都合良い内容ってのは自分自身に直接関わらない部分でも自分自身に対して都合良いか?悪いか、広範囲に含まれる内容ってのもある。
まーそれは置いておき。
人の不幸は蜜の味って言葉が確立してる。
わたなべまなぶが今、変換しようとすると、ひとのふこうと書いただけで、変換項目に、人の不幸は蜜の味と一覧に浮かび上がるくらい。
人間の心理的本能の中にあるということか?
でもね、思うんです。
著しく人に害を与えてる人でなくても
人は、他人を選りすぐり、好き嫌いを分ける生き物。自分自身とは合わない、気に食わない人間が生まれる。
それはわたなべまなぶも同じく、多くの人があるだろうこと。
だからこそ、そういう相手が不幸の内容が合った時、なぜか嬉しいとか喜んでしまう。
まさに、人の不幸は蜜の味。
もしくは不幸に引きずり落とす画策をする。
こういう心理って良くはないんだけど。あるよね。
あるのはわかるのに、自分自身が誰かにそれをされると本当に困ることでさ。
意地悪や悪戯や嫌がらせっていうの?
誹謗中傷もそう。
今、迷惑動画を取る若者、スシローの醤油さしペロペロ事件もやった少年がスシローの会社と客の信用賠償で7600万円も賠償金が発生するかもしれない裁判中。
なのに懲りずにまた誰か同じことしたでしょう。ニュースを見てないか?
目立ちたがりの現実を見えてないバカか?
わたなべまなぶも人のこと言えない部分がありますが、それは棚に今は置いときます。
でも、そういうニュースで、少年が賠償金が発生するかもな情報で
誹謗中傷を的を得たように、コメントする人達。
まさに社会的見解はしっかりしてる人達で正義感も強いのに、たちまちそれで少年に対して、誹謗中傷の嵐の言葉の暴力。
わたなべまなぶも人のこと言えない時はあるのですが。今は置いときます(笑)
自分自身が嫌いな人間を人は凄く心に反応して、悪即斬をします。
その迷惑行為の少年への不満なのか?社会的ストレス発散のようなものか?わからないほどのコメントを発して。
自由にコメントを感情のまま、相手が見えないから、直接じゃないから、人に対して危ない誹謗中傷を言ってる自覚なく言える。
これは書いてるわたなべまなぶも含む現代病です。
言葉のナイフって今は昔よりインターネットのSNSで吐き捨てれる。
芸能人がエゴサーチするように、エゴサーチって言葉が出るように、多くの人が情報交換し、情報流通できるために、簡単に自分自身の感情をそのままに言葉を吐き捨てれるんです。
例えばだけど【死ね、バカ、好きじゃない。】
このような言葉もSNSで画面はパソコン画面とか、スマホ画面をみて、現実世界と繋がり、その奥には人が関わってるのに、感覚的にはゲームというか、自分自身だけの頭の中で発してる言葉のようにそのまま吐き出す言葉だからオブラートも何も包まれず、危険な、鋭い、危ない言葉のナイフをスパッと文章に書いて、自覚もなく、感情を投げ捨てて心を爽快にする。
わたなべまなぶも無自覚なこと、自覚しててもやってしまってるのこともあるのかも。
敵対心や自分自身と考えが合わないものに、どうしても人間ってのは反応して固執して執着をしてわざわざ対立してまでその相手と対峙して戦う。
これがネット上では当たり前になる現代病。
わたなべまなぶも含む怖い部分。
もし、その人と面と向かったら?会って言えるか?ってことも考えて言葉を発する必要もあるわけです。
わたなべまなぶも気をつける部分は多々ある。
わたなべまなぶもSNSだからと、未知の領域などを含み、あることないことを想像力で書き綴る内容もある。真相がわからない、全容がわかってない部分があるからとは書いてるけど。
その誰かが、わたなべまなぶに対して敵意を持ち、攻撃してくればわたなべまなぶも自分自身の心をただ伝えただけでも、結果は散々な対応されるかもしれない部分だってある。
今が幸せなのは、わたなべまなぶが直接関わる人以外のところでも動いてくれてる味方の方々。正しいことに尽力を尽くし、世の中の人を守る方々の恩恵があるから、今も幸せで居れるんだと知ってる。わたなべまなぶはバカだけど、それは知ってるからまだマシなんだろう。
例え話をしたけど。
人の不幸は蜜の味ってさ。人間心理の醜いことな
心理的に自分自身を磨くなら、幸せを連鎖させる日々の努力も、その幸せに共感し、連動させるような心理の方が輝いてるのに。
人間って妬みなのか?自分自身が不幸か?自分自身が満足してない日々のとき、そういう幸せな人間に対して嫌いな人間に反応して鼻につくと、どうしても意地悪して嫉妬心や妬みや僻みで攻撃してしまう。
醜い習性がある。それを自覚する、しないはあれど。
心を磨くって言っても、完全完璧なPERFECTな人間にはなるにはかなりの修練がいる。
人たらし的な誰からも好かれやすい人間ってのはそういう心の内面を磨いてる。
わたなべまなぶがもし輝いていて、好かれているなら、たぶん関わった人達の輝きの反射だろう。影響受けてここまで育った。
これからも影響を受ける人達はいるだろう。
人の不幸は蜜の味って心理より
人との幸せ共感がなにより幸せな時間って心理を増やしていきたいものです。
皆さんはどちらに傾きがちですか?
人間ってのはどちらが正しいなんてのはない。人間だからどちらにもなる。
ただどっちがいいかは人それぞれ選べる。
どっちの人間になりたいか努力するのも自分自身。
どっちが良い悪いでもないけど。
皆さんはどっち側になりたいですか?
ではまた
ログインしてコメントを確認・投稿する