詩人であるむのさんの言っていた『K』なる人物が誰か未だ知らない、しかし、むのさんは教員にあるまじき『仲間外し』を鞭として振るっていたそうだ。
魚屋の婆さんがボケちゃってて、お釣りの計算が出来なくなっていた都内の商店街。
しかし同じ商店街の別の店では惣菜コーナーの煮魚のレシピの間違いに気付いてしまった、サシスセソの分からないアル中が厨房に居たらしい。
誰でも年を経ると役立たずと化す
♪トドを殺すな 俺たち皆トドだぜ♪
と歌う友川さんはシビレる位にイカシたシンガーソングライターだ、あの時代に既に植松聖の登場を歌っていたのか。
私の育った街も今住む大田区も、訛りを耳にするなり上品ぶった主婦たちが
「いやぁね、あんな汚い言葉を使って…」
と地方出身者をあからさまに差別して憚らない。
教員たちも子供達に指導する
「正しい日本語を使いなさい、汚い言葉を使ってはいけません」
と。
んだけどよ?、私の住むよーな地域に上品さや品格なんて実在するわけねぇべよ、あの昔はブリっ子だった糞ババァ連中はぁ…。
川崎国に育った北関東訛りは、自らが北関東訛りを話しているなど気付きもせんかった、あの頃。
私の育った家庭では、北関東訛りは『普通』だったのだ。
そうして北関東訛りは川崎訛りが板につき、最早すでに何県の出身であるか?さえ、口語の中では判別が不可能なほどに変化を遂げた。
私の口語は神奈川弁と北関東弁が混ざり合い、今では九州と北海道と関西の一部が混ざり込んでいる。
だから何だっつーんだよ、それがどーかしたかよ?、オレは普通の人じゃんよ!(←一応はそう書いておく)。
いっこく堂が語る、あの頃の沖縄「返還で大変だったのはドルが円に変わったこと。1ドル305円。小学校3年生くらいだと、すぐに計算ができないんです」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=141&from=diary&id=6987101
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