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2021年12月16日12:47

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感慨深い日常

HImaP&Σ創立者渡部学
2021/12/16 12:20

灯台下暗しの幸せ。

当たり前になった幸せは当たり前だから、当たり前であり、それ以下を経験しなくなり、幸せ感が薄くなる。
感動しなくなった事を再度、感動というか、幸せだなって染み染み思おう。

そういう話の記事。

自宅で綺麗な水で風呂入る。外へ出れば銭湯施設や飲食店の数々。綺麗な水洗トイレ。
洗濯機で洗剤使って洗う。
そもそも家がある。アパートや賃貸物件で部屋を借りれる。

それらは感動する事は今はない。渡部学もそう。

だけど、それがままならない所の生活がどこかにはある。

渡部学はそういうところへは行きたくもないし、健康で行けても設備整うところで豊富に綺麗な水やお湯を使える場所で生きてたい。

そう思う。原始的な生活で一日、2日はいいだろう。好きな人は数週間。キャンプ生活とか。

でもずっとなら?嫌になるだろう。

当たり前の幸せ感ってのは慣れると当たり前になって幸せでなくなる。
有り難い。ありがとうと思えるような難がもうないのだ。有り難くない。難がないんだから。
当たり前になってる。

権力に傲慢になり人に嫌な事を強いる事を権力でする人達もそういう理屈と同じ。
権力を持つ自分自身の有り難みはない。もう難がなく自分勝手に傲慢。

その権力を手に入れた自分自身が難がなくなったから傲慢になれる。当たり前になってる。

難があるのはそういう意味かもしれない。

傲慢な人には難があり、それに虐げられた人々はその難に有り難く思う。

生活の中で普通になって生きれる事を幸せに思えなくなるのは寂しいね。

でも、そういうものなんだ。知って再度幸せだと思える何か考え方を持とう。
そう思うと世の中に感謝する。

当たり前になれば、物はあれもこれもほしい。当たり前になればそれをずっと維持したい。当たり前になればずっと美味しいものを食べていたい。
当たり前になれば、それ以上の何かを手に入れたい。

異性が居なければ異性を手に入れたい。
金、物、食、家、乗り物(車やバイク)、人生のしたいことを自由できる人生。

みんなそう。渡部学もそう。でもどこから悪に変わり、どれが悪事で悪意に変わるのか?

欲望はみんな変わらないみんな同じなのに。

どこから変わるのか?個人の感情だけ?
それだけじゃない。

どうして善悪が生まれるのか?二元論?
世の中に必ずある2極性だから?

どれもこれもあてはまるようで、あてはらまない。

人々の人生を操るほど人々が創って築いてきたものは、人々の欲望や良い状態を良い形で世の中に根付いたものがこの普通の世界。

素晴らしいだろ?人々の善心が生む世の中のシステム。

渡部学は最近それを思う事が多い。

神があるとしたらその人々の人生を創った善心の塊こそが神だろう。

当たり前の幸せな世界に渡部学は浸りきる。

感動ほどではない。でも感慨深いのが普通になった日常。

おわり
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