
〈11/6(土)本日の一言メッセージ+動画+α〉
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/22302 (写真入り記事)

「求不得苦(ぐふとっく)からの解放」
「求不得苦」とは、「求めているものが得られない苦しみ」のことを言います。
「努力は人を裏切らない」と言いますが、いくら努力をしても、求めるものが手に入るとは限りません。
世の中は、自分を中心に回っているのではないからです。
世の中が自分を中心に回っていると考えることは、太陽系において、地球が中心にすべてが回っていると考えることに似ています。
太陽系は、太陽が中心に回っているのです。
同じように、すべては、神中心に回っているのです。
それがわからなければ、一生「求不得苦(ぐふとっく)」で苦しむことになります。
神様は良いお方で、神から見た一番良いものを人に与えています。
この事実を受け入れると、納得はできなくても、知識として受け入れることで悩みは激減します。
自己中心の性質は、「ほかの人はどうであっても、私だけは良い思いをしたい!」と思うことですので、納得には時間がかかりますが、必ず納得できるようになりますし、感謝できるようになります。
自分が願った通りのものが手に入らなくても、神が願った通りのものを与えてくださっていることがわかるならば、それで真の満足が得られます。
神様でさえも、「ほかの人はどうであっても、私だけは良い思いをさせてください!」という祈りには答えられないものです。
神様は、一番いいものを与えられ、みんなが一番良い思いができるようにして下さるのです。
最後に、「ある兵士の祈り」を紹介します。
大きなことを成し遂げるために、
力を与えてほしいと神に求めたのに、
謙虚さを学ぶようにと、弱さを授かった。
より偉大なことが出来るようにと、健康を求めたのに、
より良きことができるようにと、病弱を与えられた。
幸せになろうとして、富を求めたのに、
賢明であるようにと、貧困を授かった。
世の人々の称賛を得ようとして、成功を求めたのに、
得意にならないようにと、失敗を授かった。
人生を楽しもうと、たくさんのものを求めたのに、
むしろ人生を味わうようにと、シンプルな生活を与えられた。
求めたものは何一つとして与えられなかったが、
願いはすべて聞き届けられていた。
私はあらゆる人の中で、
もっとも豊かに祝福されていたのだ。
(ニューヨーク市三十四番街にある物理療法リハビリテーション研究所の受付の壁にある南部連合の無名兵士の詩)
「ある兵士の祈り(原詩)」
成功を収める為に神に力を願ったのに
弱くなってしまった 謙遜を学ぶように
偉大な事をする為に神に健康を願ったのに
病気になってしまった 神の心に叶う様に
私の願いは何一つ叶えられなかったけれど
希望した全てのことを私は受けた
幸せになる為に神に富を願ったのに
貧しくなってしまった 生きる厳しさ知る様に
弱い人を助ける為に権威を願ったのに
無力になってしまった 神に頼ることを学ぶ様に
神は私に必要な事何もかも知っておられる
希望した全てのことを私は受けた
人に尊敬される為に 神に手柄を願ったのに
ただ失敗に終わった 思い上がらない様に
聖なる人になる為に神に徳を願ったのに
罪の醜さに泣いた 神の愛の深さ悟る為に
私の姿は変わらない
弱く何も出来ないけれど
喜びに満ち溢れて私は歌う
素敵な週末をお過ごしください。
🧡<毎日更新>【動画メッセージ】
『

<毎日更新>【10/18(月)新宿駅 路傍伝道の動画〈前半」】
https://youtu.be/wiWx25VzY40 (側面)
https://youtu.be/qNpEheqXcfM (正面)

<週一更新>【10/31(日)新宿福興教会 主日礼拝 動画】
https://youtu.be/gs1qNPS0KuI (朝礼拝)
https://youtu.be/oUk0OJPBlFI (夕礼拝)

<不定期更新>【テレビ説教の動画(新シリーズ�ぁ法�
https://youtu.be/2GmBTdXv0-M

<不定期更新>【日本全国23局のFMラジオでの説教の音源】
「続・ぶとうの木と枝」
https://www.seishobridge.com/content/detail/id=2144

<ドキュメンタリー番組>【路傍伝道ネットワーク 活動紹介の動画】
https://youtu.be/es7hBtd_OdY

<本日の活動予定>
・大久保駅 路傍伝道(17時半〜19時半)
・主日礼拝準備
・セミナー講演準備
・ラジオ説教準備
・事務作業

「編集後記的メッセージ 『自己中を辞職。後任はキリスト』」
人間は、自己中心に慣れてしまっているので、自分が自己中心であることでさえ気づかないほど自己中心です。
他人が見ると自己中心なのに、自分自身では気づいていないので、自己中心が著しく目立つ人や、力の弱い人は、「自己中」だと指摘されやすいのですが、ある程度力を持っていたり、歳を重ねている人には言いにくいので、裸の王様のようになることがあります。
程度の差こそあれ、すべての人は自己中心なのですから、比較して、「あの人自己中心だね」と言いたくなっても、自分方が少しマシな程度ですから、「人の振り見て我が振り直せ」です。
自分が主人で、自分が中心に生きることを辞職しましょう。
先日、衆院選の小選挙区で敗れて比例復活し、幹事長の辞職願を岸田総理に出して辞任した甘利明氏のように、罪人として救われ、キリスト共に復活した私たちは、神様に、自分が主人であることの辞職願を出しましょう。
後任の私の主人は、イエス・キリストです。
「あなたが自分の口で、イエスは主であると告白し・・・、」(ローマ10:9)。
「この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです」(コロサイ1:27)。
「イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、すべての口が、『イエス・キリストは主である』と告白して、父なる神がほめたたえられるためです」(ピリピ2:10〜11)。
心の王座をイエス・キリストに明け渡したら、イエス・キリストがあなたを完全に治められるのは時間の問題です。
人が悩む原因は、自分で自分を治める力もないのに、自分が主人であることを手放したくないから、いつまでも自分が主人でいるために、悩むことになるのです。
イエス・キリストは、主の主、王の王です。
この方を、あなたの中にお迎えし、委ね、仕えて参りましょう。
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