5時半に目が醒めた。
今日の予定は、午前中に松本観光する予定なので、時間がある。
なのでアルピコ交通こと松本電鉄を乗り鉄して来る。
松本駅の改札口は一か所で、切符はJRと松本電鉄の両方、売っている。
新島々まで710円の切符を購入し改札へと入る。
松本駅の一番奥、少し離れたホームが松本電鉄の乗り場。
湘南スタイルの3000形電車が停車している。
この車輛、元は京王3000系で井の頭線の顔として長らく親しまれた車輛である。
なんと1967年デビューで、1991年まで製造されていたと云うから驚きである。
そして、JR大糸線ともホームが共用になっている。
E127系の、折り返しの有明行きが到着した。
6時31分、松本電鉄上高地線の新島々行きが発車する。
松本電鉄に乗車するのは今回が初めてである。
車内は鉄道むすめ、淵東なぎさ一色である。
ラッピング電車なら兎も角、一般の車輛でここまでとは恐れ入る。
列車は定刻に発車。
上高地線は梓川に沿って、上高地方面へと結ぶ路線で、松本市の西部を走る。
町の中心部とは反対で沿線には新しい住宅や大学などが見える。
郊外電車と云う雰囲気だが、やたらとカーブが多い。
渚駅の駅名板は、もちろん渕東なぎさ仕様である。
梓川が近づいてきて、穂高岳が遠くに見える。
天気が良ければ、飛騨山脈が美しく映える事だろう。
新村で松本行きが停車していた。
車庫があり、渕東なぎさヘッドマーク付き車輛が停車していた。
実に残念である。
時間があれば下車して撮影も出来たのだが。
段々と北アルプス、飛騨山脈が近付いて来る。
この山脈を越えると、飛騨高山。
穂高岳、乗鞍岳など名だたる霊峰がそびえている。
波田を過ぎると、遂に乗客は私一人になってしまった。
渕東も、渕東なぎさ駅となっている。
7時1分、終点の新島々に到着。
開業100周年の、モハ10形塗装の3000形が停車していた。
構内は、渕東なぎさだらけ。
かなり気合が入っている。
新島々は、上高地や白骨温泉などへ向かうバスのターミナルになっている。
しかし、朝が早いせいかバスは止まっておらず、乗客も全くいない。
窓口に、記念の乗車券が何種類も置いてある。
流石に全種類購入するのは財布に厳しいので、この2点だけ購入した。
7時14分発の松本行きは、モハ10形塗装の3000形。
車内には、松本電鉄100年の歴史を物語る写真が展示されている。
乗客は私一人だけだったが、途中駅から結構、乗ってくる。
新村で交換。
新島々行が既に停車をしていた。
此方が駅で到着を待つパターンなら、進入してくる列車を撮り鉄出来たのだが。
行きは気が付かなかったが、西松本の駅名板も、淵東なぎさ仕様になっていた。
ほかの駅にもまだ、あるのかもしれない。
7時44分、松本に到着。
まだ朝食を食べていなかったから、松本駅構内の立ち食い蕎麦「山野草」で頂く。
流石はそば処・信州松本で、立ち食いとは思えない、旨い蕎麦であった。
旨いのも道理で、手打ち蕎麦「榑木野」の系列店だそうだ。
しかし店内には2021年3月26日で閉店のお知らせがあり、もの悲しい雰囲気になる。
地方の駅蕎麦は、外食産業の変化などで店を閉めるところが多くなってきている。
昔は、ちょっとした駅なら駅弁屋があり、駅蕎麦・うどんの立ち食いがホームで湯気を挙げていたものだったのだが。
一度ホテルに戻り、チェックアウト。
フロントに荷物を預けて、松本駅前のバスターミナルへ。
8時30分発の松本電鉄バスタウンスニーカー北コースの松本城・開智学校行きに乗車。
松本の町を10分ほど走り、松本城・市役所前バス停に到着。
松本城には今まで3回来ている。
松本城に初めて来たのは1989年の夏。
勿論、18きっぷでの日帰り遠征。
次は、昨日も何度も書いた1996年の冬コミ帰り。
飯山線で長野、そして篠ノ井線で松本まで来て、松本城を見に行った。
そして、関西方面に接続する最終の中津川行で帰った。
その次は大分と開いて仕舞う。
2010年の12月、LUNA SEAの東京ドーム「LUNACY黒服限定GIG〜the Holy Night〜」からの帰り。
18きっぷで中央本線を西へと走り、松本で途中下車して松本城へと行った。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1645834487&owner_id=5677348&org_id=1645366938
あれから10年と少し。
久し振りの松本城。
太鼓門枡形から場内へと入る。
黒門、そして天守が見える。
松本城天守は、現存する五層の天守の中では最古のものだそうだ。
受付を済ませて黒門を通り本丸庭園へと向かう。
松本のゆるキャラであるアルプちゃんがお出迎え。
そして、具足が展示されていた。
本丸庭園から天守を望む。
天守の前にもアルプちゃんがいる。
大天守北面に乾小天守を渡櫓で連結し、東面に辰巳附櫓・月見櫓を複合した複合連結式天守であり、実に見事な造りで迫力がある。
いよいよ、天守の中に入る。
小天守内は耐震の関係で立ち入り禁止になっていた。
大天守内を散策する。
火縄銃の展示が多い。
鉄砲頭の具足も展示されており、見応えがある。
最上階からの眺めは実に素晴らしい。
しかし、天気が悪く穂高岳は雲に隠れていた。
開智学校の旧校舎も見える。
御座所には、御簾が垂らしてあり、雰囲気がある。
松本城本丸庭園に、松本城おもてなし隊が集結していた。
天守を出ると、青空が出て来た。
なんとか天気が持ちそうな予感もする。
アルプちゃんの前で記念撮影。
黒門のところにいた係員から、3月21日は、博物館の日で松本市立博物館が無料と案内される。
折角なので見学させてもらう。
入館したら、お土産まで頂いた。
松本市立博物館の前身は明治三十七、八年戦役(日露戦争)記念館として開館したそうだ。100年を超える歴史がある。
考古学時代からの松本、信州の歴史が展示されている。
また、大正期の蒸気ポンプなど、見所が多い。
そして、前身が明治三十七、八年戦役記念館なだけあって、旧陸軍歩兵第50連隊に関する展示も多い。
松本に展開した歩兵第50連隊。
国民服。
満州国建国記念ポスター。
明治三十七、八年戦役に関するものなど。
旧軍ファンにはたまらない展示物ばかりである。
そして、一番目を引いたのが此方。
まさかのピッケルハウベ。
実物のピッケルハウベを目にしたのは初めてである。
他にも、信州がまだ海だった遠い昔の地質学的な展示。
更に松本の民俗学的な展示もあり、なかなか充実していた。
博物館を出て、堀の外から天守を眺める。
ぐるっと回って松本城の北側へ。
松本神社の脇を抜けて開智学校へ。
開智小学校のグランド越しに、旧校舎を眺める。
旧開智学校校舎も博物館の日で入場無料。
しかも、此方でもお土産を頂いた。
旧開智学校校舎は、明治時代初期の擬洋風建築で非常に貴重な建築物であり、2019年に国宝に指定された。
早速、校内へと入ってみる。
階段も実に良い雰囲気で、コスロケしたくなる。
教室も再現されていた。
当時の教科書なども展示されている。
学校とは思えない造り物である。
旧開智学校を出ると、雨がぱらついて来た。
段々と本降りになってくる。
開智学校前のバス停から10時57分のタウンスニーカーバスに乗車した。
駅前へと戻り、ホテルのフロントで預かって貰っていた荷物を受け取り、松本駅へ。
構内のお土産屋で、物色。
先程、定期列車から引退した185系のメモリアルグッズのコーナーまであった。
昼食の時間でもなるから駅弁を購入。
まなにゃーさんは松本駅イイダヤ軒の、長野名物「山賊焼弁当」を。
私は塩尻駅カワカミの「山里おつまみ弁当」をチョイス。
この「山里おつまみ弁当」は、骨付き山賊焼を真ん中に長野の地場の様々なおかずを詰めた駅弁で、ご飯の量は一口二口程度に抑えてある。
要するにお酒のお供に最適な駅弁で、何故他の駅弁屋さんが同じコンセプトの駅弁を出さないのか不思議である。
ホームに降りて、中津川行のドアが開くのを待つ。
その間に、南小谷行きの臨時快速「リゾートビューふるさと」が発車して行った。
車輛は冬に乗車した「リゾートしらかみ」と同じHB-E300系。
此方にも是非一度、乗車してみたい。
ようやく松本発12時23分の中津川行きのドアが開いた。
JR東海の車輛である313系の2車輛編成。
早速、昼食となる。
松本駅の山賊焼弁当は、なかなかボリュームがあり山賊焼の香ばしい香りが漂う。
続いて塩尻駅の「山里おつまみ弁当」
これはもう、呑み鉄をせねばなるまい。
既に長野の地酒、ワインは用意されている。
安曇野の「純米安曇野」、木曽福島の「七笑」、それに塩尻の信州ワイン。
松本を出て、5つ目の駅が塩尻で、12時41分の到着。
ここで篠ノ井線から中央本線に入る。
そして、上下の「しなの」など幾つかの列車を待ち合わせる為に30分近く停車する。
発車は13時8分。
駅の階段に、キツネの案内が。
ホームのぶどう園。
そして、日本で一番小さい蕎麦屋と云われる、塩尻駅そば処「桔梗」
確かに狭い。
13時8分、発車。
中央本線に入り、いよいよ雨がきつくなって来る。
山々に靄の掛かった木曽路も良いものだ。
それでも、段々と雨が激しくなり窓外の景色も見えなくなる。
時折、激しい雨音が鳴り響く。
上松に到着、駅の向こうに木曽森林鉄道52号が保存されている。
上松を過ぎてすぐの所に、中央本線一の景勝地、寝覚の床を通過する。
しかし、雨で曇っており何が何やら分からない。
雨は激しく降ったり、小止みになったりと繰り返している。
坂下で上下の「しなの」の交換。
今までに無い位の土砂降りとなった。
さっきから、交換で長時間停車する駅に限って土砂降りになっている。
木曽平沢もそうだった。
なので、撮り鉄など思いもよらない。
中津川には15時16分着。
15時20分発の名古屋行の快速に乗り換える。
車輛は211系と313系の混結で、それなりに混んでいる。
16時30分に金山に到着。
ここで東海道本線の米原行き新快速を待つ。
時間があったから、ホームの売店で知立銘菓「あんまき」を購入。
16時53分発の新快速は然程の込み具合ではなく、余裕で座れた。
18時9分に米原到着。
18時17分発の新快速播州赤穂行きは隣に停車していた。
敦賀方面から来る付属編成を連結する。
京都には19時12分着。
6時間49分の旅。
ここで臨都閣下と合流、ポルタにあるイタリアンの店「モンテロマーノ」へ。
積もる話もある中、軽く呑む。
とは云え、コロナの影響で21時閉店だからあまりゆっくりとは出来ない。
それでもボトル2本を開けた。
まなにゃーさんが、疲れたと仰るので地下鉄には乗らずタクシーで帰宅した。
確かに楽である。
今回の戦利品。
そして、博物館の日で頂いたお土産。

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