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2021年02月26日12:08

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2/25 秋葉神社下社参拝

二俣で昼食後、春野に向かいました。268号線を北上します。トンネルを幾つか越えると
春野の入り口に到着です。天竜川の支流の気田川に掛かる橋を渡り左折すると、直ぐ近く
に秋葉神社下社があります。上社は綺麗に建て直しされていますが、下社は古いままです。
平日でもあり参拝客は我々夫婦と、もう一組の御夫婦でした。(笑)丁度、拝殿も屋根を、
葺き替え工事中で、参拝してても上から何か落ちてこないか心配でした。おみくじを運試
しに引いてみたら、「末吉」。コロナが納まらなきゃ仕方ないよねと納得。
気田川の河原ではキャンプしている家族もいました。テントを張って河原でバーベキュー
等もできるようです。
 秋葉三尺坊大権現〜春野町領家大洞山秋葉寺の本尊です。秋葉神社が神道ですが、この
秋葉寺は仏教です。鎌倉時代の中期に信濃生まれの人で、三尺坊は越後の地で修業をして
飛行自在の神通力を体得。鎮火の法も得て、遠州へ飛来し秋葉山に留まり一生を終えた
と伝えられています。

 秋葉信仰
 秋葉山本宮秋葉神社には火伏の神火之廼具土神が祭られ、境内の三尺坊大権現は鎮火
 の法にも通じていたため信仰の対象となった。また、各地に秋葉神社が作られました。
 東京の繁華街「秋葉原」もその名残です。

 秋葉講
 秋葉山の山頂に祀る秋葉大権現三尺坊を崇拝する信仰で、江戸時代にはその数三万講
 とも言われ全國各地に存在した。講中は回り番で参拝者を決めて、講代表として供物
 などを持参して秋葉神社へ参拝をした。道中の宿泊の宿として森町にも幾つかの宿屋 
 が有りました。また、道中の案内として森町には今も10基ほど「秋葉常夜灯」が残
 っています。北戸綿、城下、大門、黒石、黒田には残ります。下社の門前に宿泊宿の
 門前屋が今もありますが、宿泊する人は少なそうです。

 神仏混交分離
 明治になって神仏混交を分離する政策が行われ、仏教部分を袋井市の可睡斎に移った。
 秋葉神社の火祭りは12月15,16日に行われています。15日は早朝から禊や祈りを捧げ
 夕方6時頃から弓・剣・火の舞に移ります。

 塩の道
 遠州相良の海岸から、秋葉山を通り、水窪を越えて信州飯田に「飯田街道」または
 「飯田街道」と呼ばれ、塩を運ぶ道でもありました。遠州灘一帯の漁師に秋葉山の
 信仰が厚いのは、遠州灘の沖合から秋葉山の山頂が良く見え、帰港のときの目印に
 なったが故のようである。

 
 
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