2021年1月21日木曜日
9時45分〜
渡部学
世の中にTimeTravel(時間交差、時差、過去を行き来出来て、確定したはずの過去を変える事のできること。)
見える姿を変えてしまう技術。本来の姿形を全く別人にできる視覚的姿化けの技術。
人間の聴力では聴こえないような電波周波数で、人間の脳を操り、行動、感情、言動、五感、肉体的感覚までありとあらゆることを操る技術。
肉体チェンジ、意識、記憶、人格、性格、人相など自分自身の肉体本体以外の別の肉体に乗り移り、他人の意識、記憶、人格、性格など乗っ取る技術もしくは能力
自覚症状なしの操り、意識、記憶ともに本人のままなのに、自覚症状が全くなく、別の誰かに行動、感情、言動が操られる。
非言語の意思疎通可能な複数の肉体、言葉を介さず、雰囲気や読心術でもなく。直接的に脳に言語やりとり可能な意思疎通の方法でやりとり可能な人々。
似た人相、身体的特徴が似てる人間が増える。同一人物を増やすクローン技術。
こういうことが真実にあると仮説したもの。
こういう真実の内容を伏せられ、信じられない、もしくは信じてない。もしくは知らない人間を無認知、無自覚とする。そして、これら真実を知って認識してる人間、それらの技術や能力を行使可能な人間を総じて、認知した人間とする。
世の中には認知した人(もしくは認知しその技術や能力を行使できるもの)と無認知、無自覚の人間がいる。
認知した人間にも2種類いる。
1.体験してそれを正確に認知してる人間ではあるが、そういう技術や能力を行使できない無自覚、無認知の人間とほぼ変わらない人間。
2.それら真実を知り認知だけでなく、その技術や能力を行使してる人間
渡部学は1.の方。
だからそれらがあるという事実とそれらを認知してるだけ。見抜けないし、そういう技術や能力は持ち合わせてないし行使してはいない。
なのでそういう技術や能力を行使して悪さしてくる人達からは身を守る術はない。
守ってもらうしか選べる選択肢はない。
ただし、全てそれが当てはまらない。自分自身には自由意思があり、生きてる。
無自覚、無認知の人間の悪意や認知して無認知、無自覚の人間を心理的に操り、渡部学を狙われたら、身を守る術はない。
そう強い人達には敵わない。
現在、そこまで不幸な事も起きてないけど。
不幸が重なるようになるのは、おそらく集団的、団体的、組織的に色々な人間の意思と策略で発生する人為的なものであることがわかる。病気も全てそれだ。不幸な出来事も全てそれだ。
渡部学は天命に任せて人事を尽くす。それだけで日々生きる。
強い人達に敵わない。だから逆らわないとは意味が違う。嫌な事は嫌だし、嫌いな事は嫌い。嫌な人は嫌だし、反発、反感はある。ただ強いから弱い立場の自分自身が敵わない場合は、仕方なく屈服して従わざるおえないだけの事はある。不幸や事や苦悩、苦痛に対しては許せないし、反感や反発はある。
強い人達に敵わないけど、逆らわないわけではない。
現在は認知したのはいいが、結局はそれら真実の物事を正確に見抜ける能力は持ち合わせてない。見抜けるなら技術や能力を行使出来ない立場でもそれなりに抵抗や阻止する手段になる場合はあるだろう。
でも、認知してても、見抜けないのなら無認知、無自覚の人間と何も大差はない。もちろんその技術や能力を行使してはいない。誰かに行使されて使ってる場合はあるが、自分自身ではそれを行使してるわけではない。主導権は渡部学にはない。最初からそれは自覚してる。
時間交差もあるので、現在の日時すら怪しい。確認できるアイテムで確認可能な日時は上記の冒頭に記載した通り。だが、時間交差を行使可能な人間達に策略されてる場合は渡部学の認識してる感覚的な日時とは違う場合がある。もっとも感覚的と言っても、日により何か感覚に違いがあるわけではない。
こういう真実を真実として確定した話にした場合。
渡部学は肉親や兄、親戚、親友まで、視覚的姿化けがあるとしたら。
渡部学の肉親や兄、親戚や親友まで本物、本人であるかさえ見抜けない。視覚的姿化けのなりすましが拉致し、病気や人々の圧力をかけて不幸にしてても、時間交差や視覚的姿化けを併用すれば簡単に殺人、詐欺、策略的な強奪が可能。安否は不明。
これはそういう技術があるとして考えられる想像力の悪い話。
渡部学は周りを見える姿のまま接して生きるのみ。本人達の安否なんて考え心配しても、何も出来ない無力ゆえにもうそういう心配や想像をするのは辞めた。
過去にはそれで自分自身が精神的におかしくなり、問題を起こした。
見抜けるはずのない視覚的姿化けを一度、一瞬だけ見抜いたから。その記憶がある以上はもう視覚的姿化けが無いとは言えない。
電波洗脳、携帯電話のSIMチップやテレビのB-CASカードなどそういう媒体で電波洗脳をしてるのかもしれない。想像力での推測の一つとして。
他にも推測としてはたくさん考えられる。推測が推理になり、真実を言い当ててる場合がある。
いずれにしても、見抜けない渡部学はもしかしたら、時の迷い子なのかも。
見抜けない以上、誰と居るのかも知らない、わからない。全てが一期一会の状態。
見たままに会う人達が全てが視覚的姿化けの別人とは限らないわけだし。
自分自身さえ良ければそれでいいと思ってる。操る人達の手のひらの中ででも。
そもそも肉体は変わらなくても、その人間の意識や記憶を乗っ取り別人がその肉体を使ってる場合だってある。
その他、肉体は変わらず、意識、記憶もその肉体の本人なのに、人格、性格、行動、感情、言葉は別人に変えられてる場合もある。これは渡部学も自覚してる。最近になってようやくそれを自覚した。
一般人の一般的常識では自分自身でしかなく、問題を起こした時は自分自身になってしまう恐ろしい技術や能力である。それを使われ不幸な事を起こした場合は自分自身に記憶も意識もあるために、別の何かに操られたと証明するには難しい。無認知、無自覚の人間には特にその証明は出来ないに等しい。
認識して認知した人間が助けてくれないと、半分は自分自身でしかなく、自分自身ではない操りを証明するには困難を極める。
意識、記憶を完全に乗っ取られる場合も同じくだが、完全に意識、記憶が乗っ取られる場合は本来の自分自身に戻った時に空白の時間で気付きそうだが、時間交差も併用されればもう空白の時間に気づけない。さらには乗っ取られる場合の自覚症状を感知できない場合は、それらを察知は不可能。この意識記憶完全乗っ取りとは言葉を変えれば、乗っ取る側からしたら、肉体チェンジだ。
渡部学はその技術や能力を行使はしてない。けど、肉体チェンジしてる場合があるなら、それはその技術や能力を行使可能な人達の策略だろう。
話少し路線を変えると
我々、認知してる人間二種類、無自覚、無認知の人間合わせて、人々がいる。
その人々は地域や国で不思議と身体的特徴や人相や人格や性格や癖など似てきてる。
似てくる影響の素になる人間とは?
無認知、無自覚の人間は認知し技術や能力を行使できる人間に操られ、子孫繁栄や意志疎通を言葉を介さず可能。
そういう増える人種、似てくる性格や人格の影響の素になる人間とかあると思う。
それが地域や区間を仕切っており人々を征してる。
話をまた少し変える。
人々の五感や意識の不思議
物や飲食が我々が知ってる常識で知ってるの工程で出来たものでないもの。変換され五感で感じ取れる内容を変えてしまってるようなあるもの色々。
そういう真実もまたある。人間の知られざる真実の極み。
人間には病気なんて存在しない説、古来より実は病気とは人為的な高位の人間が作った策略にてあるものだとした?
そういう仮説を論じると、では医師は?医学は?と根底から覆す事にもなる。
だが、医学的根拠や統計学や医学知識はそれも本物である。だが、しかしその中でも
医学知識を付けただけの人間と、人間の病気の真実の秘密を知った医者と二種類いる。
これは仮説だが、病気とは方法やそうする技術や能力はどうやってるのか?内臓の異変や変化、苦痛はどうやって人為的に作ってるのか?
それは医学知識であるように大きな筋書きはもう解明されてる。だが、人間の色々な行動や食べ物でそれが発症されるという肉体的メカニズムによる自然現象という結論が医者が診断する結果だ。
だが、その自然現象とされるものも実は人為的に病気になる、ならないを作れるとしたら?
病気とは、本来人間はならないのだとしたら。事故や災害での身体的損傷以外の話。
内臓の疾患は全て人為的なもので起こされてるものだとしたら?
人間には病気になる人間も病気にならない人間も差はない。
ならなぜなるか?自然現象で細胞や内臓が悪性に変異して侵されたから、運が悪くてそうなる。内臓や細胞が弱かったから。と医学知識を付けただけの医者はそう診断するはず。それがそういう知識を付けただけの医者では計り知れない内容で病気にする方法を使い、人為的に病気にしてるという事実を知ってる医者や高位の存在達を知らないからだ。
渡部学に対して、ならなんで病気に仕立てあげれる?方法は?
と聞かれたら、色々推測可能だが、答えまでには到達出来ない。いや推測の中には答えであるものもあるだろう。
人為的策略での病気にする方法は色々考えられる。
内外ともに、外側から害になる薬品を投与する。
それとこれは我々の人智を越えた推測。人間の肉体は外側からなら肉や内臓の塊だが
方法はわからないが、肉体内部の世界は我々が暮らしてるような世界になってミクロになり、肉体内部で人がいる。そこで工事や建設が進めば、肉体を状態を変える。
内部で苦痛になるように内部にいる人間がすれば、無認知、無自覚の人間は原因不明で苦痛になる。
そういうファンタジーな推測。
もう一つは電波洗脳。脳に聴力では聴き取れない音を送り、脳を操ることで肉体の各部位が痛みを感じたりする。
そういう場合だ。
まだまだあるかもしれない。
そして、病気にされる。的にされた人間は
医学知識だけ詰め込んだ無自覚、無認知の医者か?
認知して病気に仕立てた集団や団体でチームワークをして人々を病気に作り上げる医者。それらが診察し診断する。
病気なんて本当はないと思う。その方法はわからないけど。
肉体のメカニズムは医学知識に基づいて、その解明された知識が合ってるかもしれない。それはわからない。
女性の初潮や生理も医学知識的にはもう解明された内容がある。
だが、それは時間交差や空白の時間を作れる人間。過去の事実を書き換えれる人達、記憶や意識を操れる人間。
それらが、女性に何か性的関与したために現れる現象なら?
本来は女性の生理はないものだとしたら?推測の話。
一般人の一般的人間にはそれは当たり前の肉体的メカニズムの一つで医学知識で解明されて、その常識を信じてそれを受け入れてる。受け入れるしかない。真実を知らない場合も、真実を知ってるが無力な人達も強い人達には逆らえない。
だから生理の時は、本当はわかってないが、性的な関与が高位の人間にされ、自覚症状なくても情緒不安定になり怒りやすく、不快な感情になる。さらに症状だけが後遺症として発現し、幹部から血が出て腹痛が起きるという症状と感覚だけがある。
それが高位の人間に性的関与されてるとは我々無自覚、無認知の人間はわかってない。
それが真実なら自然現象とされる事や医学知識も根拠が根底から覆される。
だが、それを知られざる真実にしてる。我々は知らないように仕組まれてる。無自覚、無認知の人間は欠陥人間なのか?そういう不良な人間に作られたのか?
女性の生理をこれらの推測に例として挙げたが
老若男女ともに病気はありとあらゆる方法で人為的にされた症状だとしたら?
我々の常識では考えもつかないような、常識そのものを覆す内容で病気にされてるとしたら?
ありとあらゆる病気は人為的策略で作られたもの。
でもそういう風にする理由は?弱者を屈服させるため?
それだけだろうか?
飲食や色々なものの循環。常識を覆す内容色々。
そういう循環もまたあり、必要不可欠な要素があるためだろうか?
善悪の基準があるし、我々はその基準は大きく差はない。
だが、知られざる真実が常識や根底から覆すような内容があるとすれば、善悪の基準が反転する内容も出るかもしれない。
が、しかし真実が判明したら善悪が反転し悪いとされる内容が必要な部分はあるかもしれない。だが、我々に与えられた一般的常識での善悪の基準になる考え方はそれを正しくするためバランスを作る指針。
だとすると、自由意思を一応持たされてると思ってる我々も、それを知って混乱したり暴動が起きないように、不要な悪行に走る事のないように
高位の存在が無自覚、無認知で我々がいれるように、可能な方法を取ってるとも言える。
ただの人間の欲望を叶えるためだけではないように思える。ただその真実を知れば欲望を叶えるためだけの内容も半分あると思う。
渡部学には想像力と推測でどこまで真実に近づいてるかはわからないけど。
無力な認知者であるのは変わらない。
技術や能力を行使可能な高位の人達の助力なしに現在の平穏な暮らしは確立できないだろう。
だからといえ、無認知、無自覚の人間に狙われたらそのまま不幸になる。それが認知した人間の手のひらの策略でも。
だから、幸せを確定してる日々は恩恵以外にない。
渡部学より
終わり
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