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2021年01月16日11:00

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幸せ感覚の個人差

2021年1月16日土曜日
9時53分〜
HImaPひまぴー渡部学より

何度も渡部学が取り上げてる記事【幸せ】についてまた同じように語ります。
渡部学はSNS専門のコラムニストです。

またいつものようにコラムすると
【幸せ】の条件って皆さんなんだと思います?

幸せを語る上で、お金つまりは紙幣や硬貨は欠かせない。キャッシュレス化は進んでも、お金という媒体は必ず必要。

幸せを語る上でお金はいらないなんて言う人はそうなったら幸せを語れない人が多い。

だからこそ、お金を確保する収入を上げる方法は賢いのだ。お金さえあれば幸せを交換できるものが多い。

だけど、お金=幸せでもないんだなって思う。

それは渡部学の状態、条件でそう思うから。
反論や異論はあると思う。

渡部学はもう詳しくは皆さんには言わないけど、現在の状態ではまだ金には困った生活をしていない。
住まいや生活にも困ってない。生活レベルも充実してる。

渡部学は財産や紙幣を所持してる億万長者でも大富豪でもない。

ただし、幸せレベルでいえば億万長者や大富豪レベル。

なぜだ?って 条件がある。

1つ目は無職で仕事という組織の中で雇われてるわけではなく、心にゆとりがある自由さを感じれる。
(中には個人事業者は楽しく自分自身の自由に出来るゆとりと楽しさで生きてる人がいる。)

渡部学はちなみに公言は出来ないけど(知ってる人は内密に)権利的収入。

自分自身で望んだわけではないが、そういうシステムになる状態を作ったため。

現在の生活は家族、両親あっても含めた総合的な生活安定ではある。

幸せの条件
2つ目の条件は1つ目のお金の自由が成り立ち、得られる。時間と行動の自由。

透析患者の渡部学は決して完全な自由ではない。でも、束縛され、組織の人間関係で不利な状態で悪い人間関係やメンタル的に苦悩になる事がない。心のゆとりと幸せ。

これが全てにおいて優雅で幸せになってる理由。

3つ目、当たり前の一つ一つに感謝して、それがある幸せを感じ取れる心のゆとり。

これこそが最大の幸せの象徴。


幸せって漠然としてなんだろうか?って見失ってる人達にも(内容によっては当てはまらない人も中にはいる。)
よく、考えて見つめてみたら、当たり前の生活そのものが全て幸せの源になってる。

苦痛、苦悩は幸せには感じれないけど。その中でも幸せである恩恵はたくさん与えられてる事。

お金は上記でも最初に言ったけど、お金がなければそもそも幸せなんて得られない。そこはこの世の中でそういうシステムだから仕方ない。だからお金がなくても幸せでいれるとは渡部学は言わない。

だが、しかし、お金の量すなわち財産がたくさんあるから幸せが大きい。財産が少なければ幸せで居られないという世の中ではない。
財産が一定の庶民的レベルさえあれば幸せでいれる。そのシステムが保ってるのが素晴らしいんだ。そういう世の中にほとんどなってる。(中にはそうでない人達もいる)

だから、もう世の中はこんなに豊富に物が溢れて裕福

住まいはさらにさらに綺麗で快適でより良い広い場所がいい。
家族も経済的に逆算してないで快楽を求めて子供をたくさん作り
車や物は目新しく良いものを欲しがる。
自分自身より生活水準の高い人を憧れて、より高収入を渇望する。
飲食は高級店で高級な生活をしたい。

などなど

これらを悪い事だという話ではありません。それはむしろ善い事である。善い事でももあるが、反面でその欲望は邪魔であり必要ないものにもなるという事を言いたいだけ。
決して悪い欲望ではないのでご注意ください。だが、それゆえに、悪く出てしまい、現在ある幸せを見失ってる事にもなると言いたいだけ。

豊富で裕福で幸せな生活をしているのにも関わらず、それが見えなくなり当たり前の事は灯台下暗しでそこの幸せに焦点を合わせることがなくなる。当たり前とはそういうことで善い事なんだけど、その盲目がもったいないとも言える。

お金をたくさん所持して億万長者や大富豪はお金で出来る幸せややりたい事を全て手に入れれる。それは間違いない。

でも、世の中はそんなに億万長者や大富豪にならなくても多くお金を所持してなくても、もう充分幸せに暮らせる世の中のシステムが出来上がってる。

この幸せこそ、盲目になりかけてるけど。

幸せの条件ってのお金ではなく、心を幸せに保てる条件さえ揃えば、実はお金の量ではないのかもしれません。

渡部学が幸せのレベルだけで言えば、億万長者や大富豪レベル。

幸せの度合いだけで億万長者番付を付けるなら、心の充実感だけで言えば、上位にランクインすると自慢可能。

人それぞれ、その心の充実感をもって幸せになれるまでの条件は個人差はある。

大金がないと幸せの条件が満たせない人もいれば

庶民的な金額で最高なまでに幸せを満たせる人もいる。

心の状態っていうのかな?

簡単に言うと。

心の幸せ宝くじがあるとしたら。

例えば渡部学は飲食で例えがち(笑)

一杯350円の牛丼並盛を食べるとして。無料の麦茶がついてくる。無料の紅生姜や七味唐辛子が使いたい食べ放題

ある人はこの牛丼並盛350円で至上の幸福感を味わえる人。無料の麦茶を飲んで喉を潤し、無料で食べれる紅生姜や七味唐辛子が使える。

世の中って最高だ。最高過ぎる。

と思える人と

ただの世の中当たり前の牛丼並盛350円を食う。それなりに美味いし、安いからね。

ってだけしか幸福感がない人。幸福だとも感じなくて当たり前の食事にしかなってない人。

今の世の中当たり前の牛丼屋、牛丼並盛350円。

でも、この両者の幸福感の違いを文章にしてもこれだけ違う。

心や感情に体験したらどっちが幸せで最高に楽しい人生か?

皆さんも体験せずともその両者の違いわかるよね?バカじゃなければ(笑)

だから、お金の量じゃなくても、幸せになれる世の中のシステムはもうある。

渡部学の場合、水分量制限があり、優しい食事制限も実はある。透析患者だからね。

でも、水分量は透析で水分を排泄できる限界ぐらい、いつも飲めてる。

そして、制限があるから余計に飲み物を飲んでる時の幸せは制限のない人より、最高に幸せになれてる。
飲食が最高に幸せに感じる。但し、味覚あるから不味いもの不味いからそれでは幸せになれないけどね。

心の幸福感ってのはお金の量ではなく、生きるための幸福な全てのものが当てはまる。厳密に言うと全てそれらにもお金は発生してるからお金がなくていいと言う話ではないですよ。

幸福感を味わう感覚が鋭い人のその感情の持ち主は小さな事で幸福感を味わえる。

だが、幸福感を味わう感覚が鈍感な人は、その幸福感を味わう条件達成が凄く難易度が高くなってる。

そう言いたかった。
そういうのが善い悪いと言ってるんじゃなくて、どっちが善いかは個人差で変わるという事。

渡部学は心の幸福感水準では大富豪。(笑)

そういう記事でした。

いつも同じ事を定期的に語ってます(笑)

HImaPひまぴー代表渡部学より
終わり
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