子供の頃、幼稚園や小学校の低学年(2年生まで)の頃まで、現在の事務所の
ある集落に住んでいました。近くに「毅ちゃん」という同級生が居まして、
毅ちゃんのお父さんは高校の先生でした。休日には自宅で「習字の教室」を
やっていましたので、私も習字を習いに通いましたね。当時は現在のように
区画整理がされておらず、周囲は田んぼや畑でしたね。当時の家で残っている
のは、1戸だけです。多分今は空き家ですかね。遊びに行くのは女学校(現在
遠江総合高校の前身の森高校の前身?)と呼んでいた正門の前を流れる用水路
で、ザリガニを釣ったり、水浴びしたり、田んぼ道をてくてく歩いて金毘羅様
まで行って遊んだりしました。田んぼの向こうに見えるのが金毘羅様の木立です。
1軒だけ当時の建物が残っていますね。このお宅の兄弟にはよく遊んで貰いまし
たね。終戦後もシベリアへ抑留されて、苦労も多かったと推察します。
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