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2020年01月09日15:52

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かつての明治町(1)

私の住む明治町地区は、かつての町の文化の中心でした。明治時代に建てたので
明治座という呼称が付いたのか、明治町という地名から取ったのか判りませんが

「明治座界隈」という昔の住民が書いた文章があります。城下に住んでいた藤江
正太郎という方の文章です。明治座という名前があったにも関わらず、町の人は

普段は芝居小屋といい、活動小屋と呼んでいました。小屋の前に勘亭流で書いた
役者の大幟が立つと、旅廻りの芝居か浪花節の興業がある。額に入った写真が、

幾つか小屋の前に掛かると活動写真が来るのである。今はだれでも映画と云うが
当時は誰もが活動写真または活動だけでも通用していた。明治座から道路を隔て

て斜め向かい側に警察署がある。洋風の窓がついた2階建ての高い床の建物で、
木の階段を3段上がったところに受付があり、手持ち無沙汰そうに中年の巡査が

椅子に腰を掛けて、めったに通らぬ表通りを眺めている。明治座の上隣には珍し
くガラス戸がはまった月ヶ瀬食堂がある。その辺りの飯屋とはおのずから風格が

異なる洒落た雰囲気が漂っている。天井からは紅葉と桜の花を描いた派手な図柄
の小田原提灯を沢山ぶら下げている。土間には小さなテーブルと椅子が4つ。棚

にはサイダー・ラムネ・ミカン水などの飲み物が並べてある。町内でも美人の誉
れが高い女将で商売も結構繁盛しているようだ。

時は昭和の初めである。乞食が家の軒先によく立った。不景気だ。不景気だと、
男たちは口癖のように云い、女房達は米を買うのにその日、その日の一升買い

もままならない。町役場では失業者救済事業として、職を斡旋している。用水路
の土方仕事は日当50銭。夕暮れて薄暗い電灯のかすかに漏れる長屋続きの明治町

の通りをパラパラと人が行く。明治座の木戸の上にあるベランダで、クラリネット
やサキソフォン・バイオリンや太鼓の楽隊が賑やかにドンチャッチャ、ドンチャッ

チャとお客を急ぎ立てて木戸へ追い込むように景気付けしている。小屋の中は広い
客席は板敷きで太藺で編んだ茣蓙が敷いてあり、その中央に間仕切りの木の低い柵

がある。舞台に向かって左が男席、右が女席として区別してあるのだが、それを守
る者は一人もいない。うすっぺらな貸座布団、炭火の入った煙草盆もあるが銭を出

してまで借りる者は殆どいない。二階席は枡の桟敷になっている。舞台に向かって
左に花道、その花道の入口隅に臨検席と書いた張り紙の下にいるのは、昼間警察の

受付に居た巡査である。花道とは反対側の奥、舞台の横手には便所がある。渡り板
の横に棕櫚の鼻緒の焼杉の駒げたが幾足か置いてある。舞台は周り舞台になってい

る。芝居興業の時には下足番たちが奈落で力一杯腕木を押して舞台を回す。映画の
時には花道の影の桟敷に楽隊が陣取り、絞った緞帳の横手に見台を据えて、その前

にオールバックで蝶ネクタイ姿の活動弁士、丸田天香が暗い電燈の下に台本を置き
映画の進行に合わせて写る写真の劇中の男や女の台詞をしゃべり分け、ナレーション

を勤める。一人何役かの仕事である。楽隊は弁士のナレーションや映画の雰囲気に
合った効果満点の音楽を演奏する。チャンバラの時はいつも演奏する長唄の越後獅子

が大好きだ。調子の良い弁士の話術と楽隊の音響効果に観客は活動写真に酔って満足
する。「あの弁士の丸田天香はうまいなあ」「この近回りでは一番だそうだ」と。

活動が跳ねて小屋を出た家を目指す町の娘たちは、賑やかで愉しそうだ。(つづく)
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