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2019年12月31日15:25

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これまでの院生生活を振り返って

■大学の授業料が高くてバイト漬け、昼食をまともに食べられない…学費の「私費負担」は限界だ
(J-WAVE NEWS - 12月06日 11:40)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=260&from=diary&id=5891694

  2009年4月以降、僕は大学院生として生きてきた。その間、学び、調べ、議論し、そして、働いてきた。おどろくべきことに、僕のフリーター時代(2000〜2009年)とは対照的に、僕が借金に苦しむことはなかった。それどころか収支が「プラス」になったのだ。
 僕が大学院生になった理由は、非正規雇用・労働に関する研究をやりたかったからだ。僕じしんが自動車工場や警備員、派遣社員、そして、労働組合等を渡り歩いており、そこかしこで「コレを見て何か書かなきゃ、物書きじゃないだろ!」と思うような光景を幾つも目にした。自動車工場は相変わらず「絶望工場」(鎌田慧)であり、僕の心身へとショックを与えた。派遣社員として就労した姫路の液晶工場では、日本型雇用と企業城下町の「最後の残照」と出稼ぎ労働者たちを目にした。警備会社では24〜36時間以上にわたって眠らずに働くはめになり、労働組合では「反貧困運動」の始まりと終わりを目にした。

 大学院入試を受験するにあたって、僕は研究テーマを決めねばならなかった。自動車工場や派遣社員、そして、労働組合をテーマにした場合、なんとなく競争相手が多い気がしたので(この直観は当たっていた…)、「警備業における間接雇用」を研究テーマにして院試に臨んだところ、合格通知書が送られてきた。
 大学院入学当時の僕は32歳であった。たいていの大学院生は20代中盤〜後半の若手院生(彼らは「ストレーター」と呼ばれていた)、主婦、定年退職者と相場が決まっていた。したがって30代男性の僕のような大学院生は「異端もいいところ!」であった。そんな逆風の中で僕が居場所を見つけた方法はシンプルなものであった。与えられた課題に対して、必要以上の時間と労力を投入したのである。この方法により、「何でアイツが大学院に居るんだ」という声を封じることに成功した。
 また、この方法は、職探しにおいても有効であった。7年前のちょうど今ごろ、僕は下馬評に反して、ゼミ発表において成功をおさめた。その際に、ゼミ生の中に居た非営利団体の経営者(女性)からアルバイトを紹介してもらったのである(この仕事は、今も続いている)。この結果、僕の経済基盤が安定したことにより、研究資金の捻出に成功し、めでたく修士論文の執筆が可能となったのであった。
 ただし、このようなことは、�ヽ愴颪�約50万円以下(一橋大における改訂前の53万5800円という学費は、自弁できるギリギリの額だったのだ…)であること、��休学をはさむこと(半期休学した場合は、年間学費が半額となる)、��実家通いであること。という諸条件を満たしていたからこそ、可能であった。おまけに僕は、最低修行年数(修士課程=2年、博士課程=3年)のうち、半分を過ごすことができる奨学金の給付(貸与ではなく)を受けていた。

 このようにして僕の院生生活は「無借金経営」となり、収支において「プラス」を計上することさえできた。しかし、僕はこのことを誇る気持ちにはなれない。というのも、僕の「無借金経営」は、「あり得ない諸条件」と例外が堆積した結果であって、「努力の賜物」などではないからだ…。
 では、僕のような「運の良い」人間だけでなく、世の人びとが高等教育を受けられるようにするにはどのようにすれば良いのか?僕なりの答えとしては、まず、�々颪覆匹慮�的セクターが教育にまつわる諸々のコストを全て支払う、という方法を挙げておく。これにより、コストが立場の弱い若者や学生・院生へと転嫁される事態を防ぐことができる。これに加えて、��公務員の増員による雇用の確保・増大、�G郢硫歡�修了者の公務員待遇での雇用先の確保(9兆円でできます!)のような、「教育の出口」たる雇用先を確保するための諸政策も必要となるだろう。

 なお、本稿では深入りしないが、大卒者・院卒者のみの厚遇は僕も良くないと考えている。なぜならば、現在の学歴社会/メリトクラシーは形を変えた身分制度であり、差別を正当化しているからだ!このような差別に抗するためには、ホワイトカラー・ブルーカラー間の賃金・待遇格差の是正が必須となる。たとえば、非熟練の学生アルバイトによる試験監督の日給と、建設現場における熟練労働者の日給がほぼ同額であるのは、明らかにおかしい!このような現実は、建設労働者の待遇改善によって是正されるべきなのだ。

 ともかく僕としては、「大学とは、大学進学が叶わなかった人々のための施設である」との言葉を忘れることなく、来年以降も学究生活を続けていく所存であります。今年も残り半日を切りました。この期におよんでは、「来年のことを云っても」鬼は笑わないはずです。では、よい年を!
 

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