お肌がアカンてサインを出している。
お出掛けして目的地に着いたら洟が垂れて、目的地で時間を過ごして帰り際、建物の外に出たらやはりまた洟が垂れた。
寒暖アレルギーが出ている。
しかし昨日作ったシチューは夕飯に食べたらやはり美味しかった。
だからまだ平気、本当に駄目になったら味も分からなくなるから、多分まだ平気。
てゆーか、ざっくりと左腕を脂肪層まで業務用カッターナイフでイッちゃった時の感覚は覚えていて、あの時ほどでは、まだ無い。
自分でも自分の真皮の下の脂肪層が剥き出しになった時の絵面を、丸で写真の様に良く覚えていて、以来下手なドラマの特殊メイクなんて観ても屁とも思わなくなった。
洟垂らしの間はまだ良い。
アレルギーの出る箇所が問題だ。
いつか、私は、突然の激症アレルギーで窒息死するかも知れない。
常にそのリスクを抱えて生活しているが、まぁ、それさえ私が死んだら終わるだろう。
そのわりには日清カップヌードルしょうゆ味を食う、海老だけ外して。
かかりつけ病院の各科の主治医の全員に、アレルゲンを特定する血液検査の結果は共有されている。
今でも時折、まだ好みのタイプのワンコを道で見掛けると駆け寄り抱き締めたくなる衝動に駆られるが、犬との接触は控えに控えている。
今夜もホクナリンテープのゾロ薬を貼り付けてから、頭から毛布を被って眠るのだ。
私の命など、虫けらや犬ほどにさえも気にも止めない糞っ垂れな連中に囲まれて、カワサキ国を離れて東京都大田区で日々を暮らす。
心底から私の生を望む人々は、私の暮らし向きに文句も言わない、一言も無い。
良かれと思って言ったその結果を肌身で知っている人々は、良かれと思って言ったその言葉に返る反動の強さを知っている。
脂肪層まで達する深さだ、それは頸動脈よりも深い。
私には、私の命や健康や名誉を守る基本的人権が、生れながらに与えられている。
不思議と『私には出来る』という、その自信がまだ私を生かしている。
無責任にも私には
(自分が死んだら後片付けは生者の仕事だ)
との確信がある。
そうして管轄署には予め、私の死体が発見された際の連絡先も伝えてあるのだ。
その事について、私は別に屁とも思わない。
それが少子高齢化の行き着く先の未来社会だからだ。
ああ、書き忘れていた。
業務用カッターナイフで左腕を脂肪層までざっくりイッちゃった時の感覚は、
『人混みで誰かにぶつかった』
って程度の衝撃しか無かった。
大した強さじゃない。
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