「仕事が与える影響」
https://9001.teacup.com/sfk/bbs/19504 (写真入り記事)
社会の第一線で活躍するクリスチャンから相談を受けることがあります。
「純粋に神様に従って行こうとすればするほど、苦しくなるのです。今の職場をやめるべきか迷っています。どうしたらいいでしょうか?」
「私も同じです」とは言いませんが、この社会の中で、クリスチャンとして純粋に生きていこうとしたら、いろいろな問題が生じて当然です。
この世界は、アダムとエバが罪を犯して以来、悪魔が支配しています。
「クリスチャンになる」ということは、罪が赦され、神の子とされ、永遠のいのちを得て、天国人となることです。
悪魔から解放され、悪魔と敵対関係になります。
体は、この地上に居ますが、心は天国に属しています。
クリスチャンは、天国の大使としてこの地上に派遣されているのです。
この世界の中に、空気のように溶け込んでいるとしたら、何も問題は生じません。
しかし、「体のいのち」に加え、「神のいのち」を頂いて、持っているのです。
異質な存在と感じられて当然です。
キリストは、「理由なく憎まれる」と語りました。
キリストを十字架につけたその憎しみの思いはクリスチャンにも向けられます。
憎む正当な憎む理由もないのに、存在するだけで異質な影響力を持っているので、「除外したい」という思いが向けられるのです。
聖書は、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。」と語ります。
クリスチャンは、何があっても喜び、祈り、感謝するのです。
これは異質です。
この世界には、喜ばせず、祈らせず、感謝させない力が働いています。
普通ならば、嫌なことがあったら喜ばないし、感謝しません。
本当に困らない限り、人はなかなか祈ろうとしません。
一年一度の初詣は、生きるか死ぬかの祈祷をするために行くのではなく、習慣で、「ご利益があったらいいな」程度の人が大半です。
聖書には、「喜びなさい」と「感謝しなさい」の間に、「祈りなさい」と書かれています。
クリスチャンは祈ることを命じられていますので、ことあるごとに祈ります。
「神のいのち」が私たちを祈りに向けますが、「体のいのち」は喜べないし、感謝できないことばかりです。
私は、社会人クリスチャンの、「純粋に神様に従って行こうとすればするほど、苦しくなるのです。今の職場をやめるべきか迷っています。どうしたらいいでしょうか?」とい質問に対して、「祈って下さい」と言います。
イエス様は、「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」(マタイ5:43〜44)と教えられました。
敵は、愛せないから敵なのです。
私にも、敵と思える人は居ます。「敵」と意識した途端、私はその人を愛していないし、愛せないし、できれば避けたいし、場合によっては、苦々しい思いが湧いて来ることもあります。
その時私は、その「敵」と意識した人のために祈ります。
痛みや、悔しさや、怒り、憎しみの感情が、一つひとつ取り除かれていきます。最後に残る思いは痛みで、その痛みがいやされなければ、心が鎮まりません。
しかし、イエス様の十字架によって、心がいやされ、赦せるようになるのです。
これは、奇跡としか思えません。
社会の第一線で活躍するクリスチャンが抱える問題は、そういう問題だけではありません。
「会社から明らかな不正なのに、『それをするように!』と命じられるので困っています」というのです。断ればクビになりそうだし、断らないで、妥協して不正を行うなら、罪責感を感じて当然です。
私は、「とにかく、祈るしかありません。その後は、神様が導いて下さいますから。」と言います。
次に会った時に、「あの問題どうなった?」と聞くと、「ありがとうございます。解決しました。しかし、今度は別の問題が起こっているのです。どうしたらいいでしょうか?」と言いますので、もう一度同じことを言います。「祈って下さい。」
祈りは、霊的呼吸です。もし、祈りをやめてしまったとしたら、神から与えられたいのちは圧迫され、麻痺し、押し殺されてしまいます。
水泳で、度々呼吸をするように、人生においても、度々呼吸をし、神のいのちを頂き、問題を神様に吐き出して委ね、神から解決を頂き、を繰り返したらいいのです。
仕事は、人格・生活・人生に影響を及ぼします。
祈るなら、悪い影響から守られ、神の力によってよい影響を与えられるようになります。
私が、牧師を続けられるのは、祈りの力以外にありません。
祈りによって、悪い影響から守られ、祈りによって神からの力を頂き、その力を持って伝道し続けています。
仕事は、人格・生活・人生に影響を及ぼしますが、毎日祈り、聖書を読み、賛美し、聖書を語り生きています。
私の人格は、聖書と聖霊に漬け込まれているようなものです。
少しずつ少しずつ、人格が変えられ、生活が変えられ、人生が変えられています。
仕事は、あなたの人格・生活・人生に影響を与えます。
仕事は、一日の大半の時間を費やします。しかし、その仕事を通して、スキルアップすることができ、自信を得ることが出来ますし、収入を得たり、数多くの祝福を得ます。
それは仕事の良い面です。
しかし、職業病というものがあります。その仕事独特の世界と世界観があり、いい影響だけではなく、悪影響も受けます。
悪影響を受けない秘訣は祈ることです。そして祈るならば、悪影響を受けないばかりか、よい影響を与える人になります。
仕事は大切です。神からの聖なるコーリング(召命)です。
牧師や神父や司祭だけが聖職者ではありません。すべての職業が聖職なのです。
天から与えられた天職なのです。
もちろん、今、自分に与えられた目的にそぐわない仕事をしているなら、転職を考えた方がいいかも知れません。
しかし、どんな仕事でも、一生懸命にやれば、たいていは楽しくなり、充実してくるのです。
大切なのは、祈りです。
祈りながら仕事を行い、祈りながら毎日を生きていきましょう。
今日も、幸せな一日を歩めますように。
私は幸せです。みなさんも、幸せだと確信します。
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