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2017年12月28日05:25

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サンプリングベイビー

久々で今年最後の持論日記


最近年末年始の特番ラッシュでテレビ浸け、テレビっ子じゃないし疲れるから見なきゃいいのについ見過ごすのが勿体無く感じて見続けちゃう、意地で見通してる、バカだね
今日は家のアリちゃんで食事を過ごす、お菓子とカップ麺とお餅だけ、そのせいかさっき飲んだ野菜ジュースが染みて美味かった



やっぱりさ、つくづく思うよ、体力あっても気力が無ければどうしようもない、身体が大きくてフィジカル強い人よりも、気が強かったり精神力強い人のが圧倒的に人生有利だね、気さえ強ければ勝ちなのだから

例えば身体が強くても大ききても一度精神的にコテンパンにされたらそこで一気に再起不能になってしまう人間だって居るけど、そう考えると何度踏みつけられてもへこたれず立ち上がってくる雑草魂の人間のが明らかに生きていけるよね

強いにも、身体が強いのか内臓が強いのか魂が強いのか頭脳が強いのか色々ある
勿論体は弱くて精神だけがタフでも、いざ暴力沙汰に巻き込まれたら一発でアウトというリスクはある、体を丈夫に鍛えておく事がかなり大事だと思っている
けれど最後にものを言うのはやはり精神力だと思う、精神力が強ければ口も強くなる、また心臓も強いから相手からの口の攻撃も効きにくい
お互いに暴力をしたらそれこそ負けになる世の中において、やはり何の要素が強いのかってそりゃあ「精神力と口」だろう

そして前までは、体と心は比例すると思っていて、例えば身体から入るという事で身体を鍛えていけば、精神力も身に付くのではないかと思っていた
勿論それで実際に精神力も強くなった人も居るだろうけれど、全員には当てはまらない事を知った

昔空手をずっとやって来たという精神障害者の男性の知り合いが居て、その人は体付きもまあガシッとしていたし何年もやってきて、それでも本人は「幾ら身体を鍛えても心は強くならない」とずっと言っていた
当時の僕は励ます意味も込めて「いや、身体を鍛えて強くなればきっと精神も強くなる筈です」と言っていた、そう信じたくて自分にも言い聞かせるつもりで僕も必死に言っていた

その人は僕以上に色々な事に悩み、よく泣いていた
それから数年後、共通の友人から、ついに悩み抜いて自らこの世を去ってしまったと聞いた
驚いたけど、もし、安らかに眠れたのなら、僕は心から良かったねという言葉を言ってあげたい、そして当時少しでも分かってあげられなかった事を悔やむ

やっぱり、この世って、優しい人が葛藤するんだよ、優しいからこそ世の中が汚く思えて、それを中々受け入れられない
鈍い人の方が汚く荒い世の中を当たり前として受け入れているから、長生きするし逞しく渡っていける

あれから僕も悩みに悩み地獄を散々苦しみ抜いて今、その人寄りの同じような考えになり、今ならその人がどれだけ悩み苦しんだのか分かる



ゾウやキリンは、大きくて強い生き物だから、生まれた時から戦いが強いのが約束されているから特にカリカリしていない、普段はのそっと穏やかで、何かの時には発揮するけど、だから自身より弱い生き物に無闇には本気にならないんだ
だけど生まれながらに小さい動物は、見渡せば自分よりデカイ生き物ばかりだから常に戦闘体勢で爪と牙を剥き出しですぐ威嚇をする

人間も同じで、身長や体格が大きめの人は必要以上に他人に牙を向けずにいたりして、たまに怒りを引き起こさない限りは穏やかな人が多い
本気にさえなれば負けない力があるからこその余裕だ

けれど体が小さかったり弱き者はそれを補おうととにかく気が強くなる
だけどその結果、強くなる事でもある
結局、動じない人が損をせず、気が強ければ社会では負けにくいし、負けてもまた立ち上がる

普段から穏やかで人に強く出ない人の方が損をする、体が小さく気が強い人間に先をいかれてしまうし先に取られてしまう


まあ色々あるけど細かいの抜きにしたら要点は「転んでも起き上がる」人の方が圧倒的に生きていける、それが人間の基本で最も逞しい有り様なのではないかな
精神力が強い人間の方が確実にそれが出来る、身体が強いよりも結局は心が強い方が合理的というのはそのため

心の鍛え方なんて分からないし、自分はどちらかというとゾウやキリンタイプかもしれない、だからこその羨ましさがある
気の強い猫やオオカミのような生き物が……
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