守衛のおっちゃんから解放された俺っちはぶらぶらと町を歩いていた。
はぁ、何でおっちゃんあんな所に居るんだよぅ。
火男の口をすぼめながらため息を付く。
幸せは歩いてこない、だから歩いてゆくんだねっと。
さっき、一名町の上空に夕香が映っているのが見えた。
ありゃぁ一体誰の仕業なのかねぇ。
子狸でもなく、幽霊ちゃんでもなけりゃ、あの外人か?
いやほんと、あの外人は一体ナニモンなんだろうな。
とはいえあの宣伝効果は凄まじい。
通り過ぎる人間は、誰も彼もがハロウィンパーティーの事を話題にしている。
これなら人間はそれなりに集まってくれるだろう。
===
ぶらぶら歩いていた俺っちの視界に、小じんまりとした神社が目に入る。
八幡ほどの大きさはない、昔からある村社の一つだ。
ここに来るのも大分久しぶりだねぇ。
思わず懐かしい気持ちになっちまった俺っちは、鳥居をくぐる。
昔と変わらない、時代に取り残されたような境内が俺っちを出迎える。
昔はここで子供達と鬼ごっこを良くやったもんだ。
追いかけっこをして折っちまったご神木の枝を眺めてみたり、
こっそり落書きした鏡石の傷跡を確認してみたり。
本当に、ここはあの頃からちっとも変わってねぇや。
木枯らしが吹く今頃は、子供達の姿もない。
いや、もしかするとずっと昔から子供達はここで遊んでいないのかもしれない。
子供が風の子と言われたのも今は昔、か。
「あれ、もしかして面霊気の面ちゃん?」
突然、背後から声を掛けられた。
もしかして俺っちの事を知っている人間か!
そう思って振り返った先には、ツチノコがちょこんと座って居た。
「いやぁ、おめぇまだ消えてなかったんだなぁ」
「こう見えて、ヘビの一種だよ? 執念深さなら他の妖怪にも負けないよ」
旧知に会った嬉しさから、石段に腰掛けて語り合う。
ツチノコといやぁ、昔はこの一名町にもハンター達が沢山来たもんだ。
今ではすっかり子供達も話題にしないから、消えたと思ってたぜ。
「ふーん、さっきの狐娘は面ちゃんの知り合いなんだ」
「おうよ、あの八幡神社の更に上の社に500年居たっていう化け狐よ」
「へぇ、この辺りじゃ結構古い妖怪なんだね」
俺っちは江戸の時代に生まれた付喪神だからそれなりに古いが、
目の前のツチノコはここ数十年の間に生まれた若い妖怪だ。
500年と言われてもピンと来ないかもしれない。
近況について聞いてみれば、やはり厳しいという。
昔は妖怪も沢山いて、歩けば妖怪に出くわすほどだったんだがなぁ。
昔のように妖怪の会合もなくなって久しい。
「ねぇねぇ、ハロウィンパーティーってどんな祭りなの?」
「そうさねぇ、お前さんは知らねぇだろうけど、百鬼夜行ってヤツだなぁ」
百鬼夜行と聞いて首を傾げるツチノコ。
そうかぁ、百鬼夜行なんてもう100年は見てねぇもんなぁ。
あの面白さを知らないだなんて勿体無い。
「そのハロウィンパーティーって僕も出ていいのかな?」
「んー、おめぇさんは人間に变化できたっけか」
「できるよ! 見ててね!」
そう言って、目の前でぽんっと煙が上がる。
煙が晴れた後にはヘビのようなフードを被った少年が立っていた。
へぇ、なかなかどうして様になってんじゃねぇか。
まだまだ若いって思っていたけど、数十年もありゃ变化もできるようになるか。
ツチノコは次々と衣装を変えてゆく。
もしかすると、誰かに見せるのも初めてなのかもしんねぇな。
「なあ、ツチノコ。 お前さん妖怪の知り合いとか居ねぇのか」
「うん、面ちゃんとか、蜘蛛さんとか、八幡の狐さんとかぐらいかな」
「そうかぁ、そんなもんかぁ」
思ったよりも妖怪のコミュニティは狭くなっていたみたいだ。
俺っちも学園の奴等とはそれなりに仲がいいけど、ソレ以外は全然だ。
夕香の事だって俺っちは良く知らなかったからなぁ。
「面ちゃん、面ちゃん。 僕、百鬼夜行楽しみにしてるね!」
「おう、楽しみに待ってろよ」
===
ツチノコに別れを告げ、再び町をぶらぶらと歩く。
楽しみにしているのはツチノコだけじゃねぇ。俺っちだって楽しみなんだ。
外人には感謝しないといけないけねぇな。
俺も心の中では何処かで忘れられても仕方ないと思っていたんだろう。
それが、妖怪の宿命だーみたいな感じでよぅ。
川の主や、溜池に住んでる亀の長老。
動く案山子や、お寺のお化け。
思いつく限りの知り合いを尋ねつつ、ハロウィンの宣伝をしていく。
提灯お化けの提さんにも久しぶりに会った。
いやぁ、昔は二人して良く夜道を走り回ったもんよ。
ハロウィンの夜はまた驚かせて回ろうぜと約束し、提さんと別れた。
途中、知らない妖怪と出会うこともあった。
新しく生まれたモノ、遠くからやって来た吸血鬼みたいなヤツ。
話してみると中々気の良い奴等ばかりだった。
久しぶりに髪長山までやって来た。
女郎蜘蛛に襲われもしたが、人体模型に牙を突き立てて苦い顔をさせてやった。
久々に見たが、やっぱりちょっと弱っている感じがする。
そうだよなぁ、昔みたいに人を襲ったりすることも簡単じゃねぇしなぁ。
ひょいっと結界をくぐり、鬼の隠れ里を訪れてみたりもした。
祭りじゃ酒も飲めるのかと聞かれたから、多分と答えると喜んでいた。
鬼の中でも人と付き合うのが好きな奴等だ。
彼等は『当日は酒を持って来るからな!』と言って終始上機嫌だった。
===
最後に山を巡っていると、狸達の住処に辿り着いた。
そこでは俺っち達と一緒に居た子狸が母狸と何やら話をしてる。
子狸は昨晩帰ってこなかった事を怒られていた。
ああー、そう言えば子狸はあのまま総本社の社で寝てたんだっけか。
化け狸としては子供も子供、朝帰りは確かに怒られらぁね。
とはいえおっとりした化け狸の一族。
あんまりお叱りはなかったみてぇで一安心。
俺っち達の我儘に突き合わせちまったようなモンだからな。
お叱りが終わったら、今度は一族を集めて欲しいとねだっていた。
かくしかじか、ワケを聞いた母狸はうーんと首を捻っている。
(鈴音には300匹って言ったけど、難しいだろうなぁ)
ぽんぽこ、ぽん。
それでも子狸は諦めなかった。
お腹を叩きながら、狸囃子を始めだす。
母狸も仕方ないわねぇとお腹を叩き始めた。
ぽんぽこ、ぽんぽこ。
山に太鼓の音が響き渡る。ああ、懐かしい。狸囃子だ。
ぽんぽん、ぽんぽこ、ぽんぽんぽん。
やがて別の山からも太鼓の音が聴こえ始めた。
おや、まだ他にも化け狸が居たのか。
ぽんぽんぽぽん、ぽんぽぽぽん。ピーヒョロ、ピーヒョロ。
合わせて笛の音まで聴こえ始める。おいおい、どんだけ居るんだよ。
子狸はどんどん増える音に興奮して楽しそうに腹を叩いている。
遂には、山という山から太鼓や笛の音が聴こえるようになった。
それはもう江戸の頃にも聞いたことがないような大合奏であった。
俺っちはそれをポカンとした表情で聴いていた。
(ああ、やっぱり子供ってすげぇな)
あの子狸は狸囃子が行われなくなったことを知らないのだろう。
狸囃子の先には狸が居ると知った人間は鉄砲を担いで狸を狩った。
それでも続けた化け狸は居たが、みーんな狩られてしまった。
でも、狸囃子はお調子者の狸たちの楽しみだったに違いない。
だからこうして、子狸の狸囃子に化け狸達はノッてくれている。
子狸が狸囃子を始めたから、彼等は答えてくれたのだ。
しばらくして大合奏は終わった。
子狸と母狸は満足そうにお腹をポンポコ叩いている。
ガサガサガサ。
唐突に背後の茂みが揺れた。
しまった、もしかすると人間がやって来たのかもしれない−−
焦って振り返った俺っちの眼前には、信じがたい光景が広がっていた。
狸、狸、狸、狸、狸狸狸狸、TANUKI。
何処から湧いて出たのか不思議なくらいの狸の集団がそこには居た。
老いた狸、髪を結った女将狸、どっしりとした熊のような狸。
狸たちは真っ直ぐに子狸を見ていた。
みんな、ハロウィンの夜は一緒に遊ぼうね−−
子狸のそんな言葉に、狸たちはポンッと腹を叩いて同意を示した。
そこからまた、狸囃子が始まった。
狸たちの顔には、笑顔。誰も彼もが笑顔だった。
今宵、集まった狸の総数は360匹。
過去例を見ないほどの大集会となった。
これだけの狸が居るならハロウィンの祭りが失敗することはねぇだろう。
子狸の思わぬファインプレーにピュウと口笛を鳴らす。
===
さて、俺っち達に出来ることはまだまだある。
子狸だってあんなに沢山の仲間を集めてみせたんだ。
それなりに古い妖怪の俺っちが頑張らなくてどうするよ!
10月半ば、ハロウィンの日まで2週間弱。
時間はあんまりねぇけども、俺っちは成功を確信していた。
面ちゃんと、幽霊と、子狸と夕香。
そして外人の協力があればきっと凄ぇ祭りになるに違いねぇ。
もちろん1回で終わらせるワケがない。
これを機に、毎年この時期に開く大きなお祭りにしてみせる。
そうすりゃ夕香も、みんなも寂しくねぇだろうよ。
外人はもしかすると町を去っちまうかもしれないけど、
俺っち達が忘れねぇ限りいつかまた一緒にハロウィンをやれる日が来る筈だ。
「よっしゃー、やるぞーぅ!」
夜の山で一人声を上げ、俺っちは一名学園へ戻っていった。
〜 その12に続く 〜
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