今年のハロウィンはカボチャの育成に費やしたと言っても過言ではないMAXスキルのカボチャを2体も作ってんなよー、っと我ながら物好き。
こーんな真似ばかりしている人に対してマウントポジション極めに来るほうがどうかしている、実生活における『人物』の見極め方。
誰もが『デキる男』や『デキる女』を理想として『デキる奴』を目指して生きている訳ではない。
特に幼少期に身近なところでカルトにハマった馬鹿を横目に眺めてシラけて生きていた期間が長いと権力争いが『煮ても焼いても喰えないもの』と理解してしまい、マウントポジション極めに来る馬鹿の気配に敏感になり、
(せめて自分だけは…)
と嵐を遣り過ごす術に長けてしまうものだ。
こちらが黙ぁ〜ってあちらを放って置くだけで、変な奴と言うのは一過性の嵐のように勝手に立ち去って下さるので、それなりに扱いやすいと言えなくもない。
結局は何事も、万事において、『自分がどうするか?』とした答えしか求められないのだから、
(やはり期待された通りに無為に人生を浪費してれば良いや)
と結論だけが先に出ている。
しかし良く喋る男というのは得てしてマザコンだったり女兄弟から丁寧に可愛がられていたりするものなんだよなぁ…。
あ?、私には無縁の人生だな、それは。
確かに私も遠い昔には弟を可愛がりはしたが、それは傍目にはどう見ても男兄弟の親しい交流にしか見えなかっただろう。
寡黙な姉とお喋りな母親に挟まれて、弟はお喋り男に成長し、短い人生を無駄と言うより無理な争いに費やし、争いに敗れて居なくなった。
女の子はお喋りする相手を求めてるんだよ、そこを分かってやれよー。
私は喋ると疲れるから黙ってるほうが居心地が良い。
まぁ、それでも、カルトに食い物にされた哀れな被害者は大概が精神に異常を来しているので、寡黙な私でもNo Thank Youに徹している。
デキない人として後の人生を浪費していればカルトへの面当ても出来て一石二鳥、それで私の気も済むのだ。
カルトの為に毎日一生懸命に働くだなんて、そんな真似は私だってヤなこった。
先生を見習って、パズドラのランク500超を目指して気長に人生を生きていこう。
何より、私は『子を産む』という人生の大仕事を成し遂げてしまった後なのだから。
うちの娘ぇ…、もう十八歳だし、放っておいても心配ないし。
昨夜の川崎駅のレイヤー家族にレイヤーカップルにレイヤーグループは見ていて楽しかったし。
今年も満足のいくハロウィンだった。


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