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2017年08月31日20:35

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【ポンソンビ博士展】「碧い目の高山彦九郎」

 賀茂御祖神社(下鴨神社)参道沿いにある、鴨社資料館「秀穂舎(しゅうすいしゃ)」を過日訪れた。第三十四回式年遷宮を記念し、賀茂社の社家住宅を改修して昨年開館したもので、伝統的な社家建築の室内を復元展示している。式年遷宮後の本宮古材で造られた神像を奉安する「神棚の間」、神社の有事に備えて刺又・袖搦等の武具が用意され、祭事用の木沓と戦闘用の皮鞋が並ぶ「式台(玄関)」、庭先を流れる泉川に設けられた「禊場」などは特に興味深いが、今回訪れた主な目的は、少し前の『神社新報』で紹介されていた企画展「碧い目の神道学者 ポンソンビ博士展」を拝観することであった。

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(上画像)鴨社資料館「秀穂舎(しゅうすいしゃ)」

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(上画像)秀穂舎の「禊場」

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(上画像)ポンソンビ博士展ポスター

 展示や『神社新報』の記事等から、ポンソンビ博士の経歴を以下に略述する。

 リチャード・ポンソンビ=フェーン博士(Dr.Richard Arthur Brabazon Ponsonby-Fane)は、明治十一年、英国ロンドンに貴族の子として生れた。植民地総督の秘書官として世界を巡るうち明治三十四年に初めて来日し、日本の神道と皇室に強い感銘を受けたという。香港総督秘書官となった同三十六年より本格的に日本研究を開始、大正八年から東京、同十四年からは京都に居住した。自ら「本尊美利茶道」と称し、常に和服姿で日本人同然の生活を送ったそうである。日本の神道・神社・皇室・御陵・歴史・民俗等について、主に英語で著作を発表したが、特に皇室については、王権神授説に依って万世一系の皇統を絶賛している。大正十年、皇太子裕仁親王(のちの昭和天皇)の御渡欧に際し、途中の香港で通訳を務めた功などにより勲四等に叙された。昭和三年十一月の昭和天皇御即位大典当日には、民間の外国人としてただ一人、京都御所建礼門での列立奉拝を許されたが、東京還幸の鹵簿(行列)を奉送する時、下駄を脱ぎ、額を地面につけて平伏拝礼したことから「碧い目の高山彦九郎」と讃えられた。故国で領地を相続したため、その経営の必要から数年に一度英国を「訪問」していたが、そうした英滞在中に発病、周囲の反対を押し切って日本への「帰国」を果たした。昭和十二年十二月十日、京都上賀茂の自宅にて帰幽。享年六十。

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(上画像)『神社新報』記事

 多くの著作が英文・未邦訳であり、その尊皇思想が戦後日本社会に受け入れられづらいこともあってか、現在ポンソンビ博士を知る人はいたって少なく、その研究もすすんでいない。今回、ポンソンビ博士の秘書を務めた故佐藤芳二郎氏の親族の方が、賀茂御祖神社(下鴨神社)に博士の旧蔵書・愛用品等を奉納されたことにより当企画展が実現したのであるが、これを機に多くの方に本尊美翁の事績と尊皇精神に触れていただきたいものである。

 次に展示についていくつか紹介したい。

【旧蔵書】
 国史を学ぶ者にとってはおなじみの『読史備要』をはじめ、辞典類や翻刻史料集など多数。吉野朝(南朝)関連の書籍も目に付く。八代国治博士の『長慶天皇御即位の研究』を見付けた時は一人でニヤけた。ほかに『岩倉公実記』なども。端の方には御朱印帖だろうか?何冊も無造作に積んである。

【御朱印帖】
 その御朱印帖だが、別室で数冊を一部開いた状態で展示している。開いてある部分で目をひくのは、照南神社(ポナペ島コロニア。シンガポールの昭南神社とは別)、マーシャル神社(ヤルート島)といった、外地の廃絶神社のなかでも特に珍しい南洋群島の神社のもの。これは貴重だ。ポンソンビ博士はかなり熱心に御朱印を蒐集していたようで、一冊に五十社分を収められる集印帖が四十冊残され、集めた御朱印は計二千社分にものぼるという。また博士は、経済不如意のため印を持たない神社のために、自らその神社の由緒に適った印を発注し、奉納し続けたとされている。単なるコレクターではなく、また単なる研究者でもなく、神国日本の興隆を期する実践者としての博士の姿が彷彿とするではないか。御朱印女子諸姉にも是非拝観いただきたい展示である。

【家紋】
 肖像画や肖像写真に見られる羽織の家紋は、英国貴族ポンソンビー家の紋章である「王冠の上に蛇が絡んだ三本の矢」である。また蔵書票の意匠は、ポンソンビー家の紋章と祖父の代から相続するフェーン家の紋章などを組み合わせたものであった。

【遺愛の品】
 杖や羽織紐、英文タイプライターなど愛用品を展示するほか、英文および和文での自筆原稿なども多数。

【皇陵】
 展示とは直接係わらない話だが、ポンソンビ博士の比較的初期の論文に「御陵(MISASAGI THE IMPERIAL MAUSOLEA OF JAPAN)」があり、博士が皇陵に多大な関心を有していたことがうかがわれる。先に述べた四十冊にのぼる集印帖のなかに、御陵印を集めたものはないのだろうか。また日本人自身が、仁徳天皇陵をはじめとする皇陵(MAUSOLEUM)を単なる古墳(TUMULUS)と称して、世界遺産などというものにしようという今の日本を見たら、博士は何と言うだろうか。

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(上画像)『神社新報』記事より

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(上画像)ポンソンビ博士展チラシより

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(上画像)ポンソンビ博士展チラシより

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 ポンソンビ博士展は9月30日(土)まで、鴨社資料館秀穂舎にて。特別拝観料600円(大人)だが、同チケットで賀茂御祖神社(下鴨神社)本宮・大炊殿特別拝観、河合神社鴨長明資料館拝観も出来る。
http://www.shimogamo-jinja.or.jp/pg449.html

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