大学病院の小児病棟(しかも重病の子供ばかり)の脇を通ると、ほぼ無菌室状態の病棟には小児ガンとか心臓病とかの末期だろう子供が複数ちらりほらりと見えた。
もう誰も何もかける言葉さえ見付からないだろう姿の子供達が、少しでもゲームで楽しく時間を過ごせていたら良いなあと、今でも時おり思い出すのだ。
我が子の確実に治癒する病を嘆くことなど、何一つもないと私は見て知ってしまっていたので。
私も真実などmixi日記に書いたりしないが、テレビも全ての真実など報道しないと、それも知ってしまっている。
あれは外出なんてさせられないわあ、まじで無理だわあ、死んだら誰が責任取るんだっつっても言うだけ無意味だべや、ありゃあねぇわあ。
今になり思い出したが、長女の色彩センスはとうに亡くなった私の祖母とそっくりだ。
なんで長女はこんなにも私と似ても似つかない凄い配色で学校の図画工作の作品を仕上げて来るのか、何か目の病気でもあるのか?と疑っていたのだが、祖母が写る家族写真のアルバムのページにはやはり長女と同様に凄い配色センスの着物を着た祖母が写っていたのだ。
そして、その彩りには覚えがある私だった、高校の美術室にあった和の色彩カラー見本のそのままの…、お前…その顔で純和風の色彩感覚の持ち主だったんだねぇ…。
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