来週の京都競馬で伝統の古馬のG2戦、日経新春杯が行われる。
この日経新春杯、競馬ファンで思い浮かべるとすればあの出来事であろう。
今から39年前の昭和53年、当時日本経済新春杯として行われていたこのレースに、
テンポイントが出走してきた。本来ならば前年の有馬記念を制した後に
海外遠征に行く予定だったのだが、その壮行を兼ねて出走してきたのである。
しかし当時はハンデ戦。テンポイントは平地競走としては今ならば
理解できない斤量で出走してきたのである。
ちなみにこの時の出走メンバーは次のとおりである。
S.53/1/22 第25回日本経済新春杯 芝・外2400m
� 。院.謄鵐櫂ぅ鵐函 �66.5鹿戸 明
�◆。押.┘螢皀献隋璽検 �60 池添 兼雄
�� 3 ジンクエイト 52 清水 英次
�ぁ。粥.織縫離船Д好拭次 �58 久保 敏文
�ァ。機.泪船�ネライコー 51 柴田 光陽
�Α。供.咼�トリアシチー 50.5福永 洋一※
�А。掘.筌泪縫鵐丱螢瓮蕁 �52 池江 泰郎
�─。検.好蝓璽侫.ぅ筺次 �49 小谷内秀夫
�─。后.曄璽好瓮鵐曄璽廖 �57 小野 幸治
※当初は49キロで出走予定だった
テンポイントは平地競走では酷量と言ってもいい斤量で出走した。
レースはテンポイントが逃げて、ビクトリアシチーが追う展開でレースが進んでいった。
そして4コーナーに差し掛かるところでアクシデントが。テンポイントが4コーナー手前で
左後脚を滑らせた瞬間、急激にスローダウン。直線に入ったところで場内は悲鳴にも似た
どよめきが起きた。テンポイントの左後脚は完全に骨折をしていた。
故障具合はどう見ても予後不良レベルだったのだが、数%の奇跡を信じて骨折箇所を
手術したのだが、容体は芳しくなく故障した日から1か月半、テンポイントは
息を引き取った。
このことを機に、ハンデ戦に有力馬が出走する機会が激減した。
そのいきさつもあったのか、日経新春杯のレースを実況していたカンテレ・岡安譲アナが
スタートする際に「全馬の無事完走を願って」というフレーズがとても印象に残っている。
そして今年も日経新春杯の時を迎える・・・。
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