季節の変わり目は体調が良くない。
滋養強壮には気をつけているにもかかわらず
夏バテ気味。
急だが月曜日に休みが取れたので
温泉に行くことにする。
諸般の事情があって、朝6時銚子からスタート。
そこからは延々国道を日立南太田ICまで。
日立市内は混むので、ここで常磐道に入る。
途中、中郷SAで一休み。童謡『赤い靴』を作詞した野口雨情公園がある。
こういうヒトにノーベル文学賞やりゃイイのに。カッコつけの俗物ジジィじゃなくてさ(略)
またノンストップで磐越道猪苗代ICまで。
ちなみに新潟のローカル芸人が言うには
国道49号が『角栄道路』
磐越道が『真紀子道路』である。
芸人が適当なことを言っているのではない。
磐越道は真紀子の選挙区と直紀の選挙区を結んでいるからだ。
ここから裏磐梯の五色沼へ。
ビジターセンターにつく。
ここでクルマから自転車を下ろして置いておく。
そしてクルマで物産館ヘ。
ここから探勝路を逆走し、帰りはビジターセンターから自転車でクルマまで戻るという作戦だ。
いよいよ五色沼。
五色の火薬ではない。
見る角度や高さでも色が違う沼巡りの探勝路。
このへんは紅葉はまだまだ。というよりも裏磐梯は前回の爆発の影響が大きく
あまり落葉樹の植生がない。それでも十分に自然を堪能。
ビジターセンター付近まで戻り、お昼は、
会津(えーず)山塩ラーメン。麺は喜多方系だ。
食べ終わると自転車へ。
YAMAHA PAS Minaまっかつ号登場。
が、激坂と言うほどではなく、あっさりと車のある物産館へ。
磐梯ゴールドライン。
幻の滝発見!
いや、ふざけているのではなく
本当にそういう名前の滝。
猪苗代湖に戻り、ガラス館ヘ。
(施設の性質上撮影不可)
大きな作品も多いが、自分なんかは小生意気なシェリーグラスとかのほうが好き。
ガラス製チェス盤と駒、45000円、うっ、手が出ない。
このへんで退散する。
宿へ。
磐梯山麓ながら、大丈夫かよと言いたくなるような山の細い道へ。
オレはキツネかタヌキに化かされてるんじゃないだろうか。
それでも、コッヘル磐梯山囲炉裏のお宿へ。
まぁスキー客相手のペンションとは言え、
源泉かけ流し温泉貸し切り露天風呂。(施設の性質上撮影不可)
温泉の能書きによると
日本には本当の美肌の湯は三箇所しかなく、ここはそれを継ぐものだと書いてある。
源泉ウンヌンは別としても、オレには塩化ナトリウム泉(塩水)としか思えなかったが。
それでも露天で、猪苗代の自然に向かい、コシに手をあて全裸で立つ。あっはっは。
楽しみのお食事。
囲炉裏を囲んで、私には十分な山の幸といった感じ。
これが本当の冬ならさぞ風情があるんだろうなぁ。
イワナもいい感じだ。
珍しくジャパン。
日本酒だ。
地元稲川の純米。
うーん効く。
会津(えーず)と言えば馬刺し。
うまい。もっとクセのあるものかと思えば
全くクセはない。にんにくみそと合わせて酒が進む。
因縁の茶碗蒸し。うん銀杏だ。
最後に蕎麦。昼夜の寒暖差が激しい会津は蕎麦に向く。
ご主人手打ちの蕎麦、おいしい。
ただし、個人的な感想。
例えば長野、この会津もそうだが、本当に地元のヒトは蕎麦が好きなんだろうか。
農業技術が進み、灌漑が整った昨今、好んで蕎麦を作る人はいない。
『コメが作れるならコメを作りたい、米飯が食いたい』と言うのが、
長い歴史の中の彼らの本音だと思う。
湖畔、山麓の整備された農地、殆どと言っていいぐらい、蕎麦は見なかった。
夕食に米飯も出たので聞いてみた、会津のコメですかと。
もちろんだ、と堂々の答え。
ここに限らず、蕎麦の名産地、という言葉には、なんとなく、違和感を覚える。
日本酒がだいぶ回ったので就寝。
朝起きると窓から猪苗代湖。
朝風呂で小原庄助さん。
朝酒は流石にしない。
朝食は必要十分なもの
遠慮なくコーヒーおかわり。ノンビリした時間。
身支度をして、精算し、退散。
総じて良い宿だったと思う。
吾妻小富士を目指す。
まだまだ活動活発な火山。
途中では紅葉もある。
吾妻小富士はいまだ火山ガスを吹く活発な火山。
浄土平は寂寥としている。
クルマを降り、吾妻小富士をめざ、寒い!
なにせ標高1600m単純に考えて平地より10℃近く低い。
風も強い。
それでも火口縁を目指して短い登山。
登山道は階段整備済み。
あ、肝心な頂上の写真がない。
言い訳だが風は更に強いし手がかじかむ。
撮影どころではなかった。
これで帰路。
いわき(小名浜)のアクアマリンふくしま。
震災前より施設が増えた。
種類も増えてる。
(新種:鬼神大王エビ)
自分もいわきに住んでいたことがある。
震災直後、
水族館は壊滅状態だと聞いて、なんとなく気が滅入った
それが復興した姿に安心もした。
だが、小名浜の港はまだ復興途中。
流されたところの跡地に、火事場泥棒AE○Nが建設中。
水族館だけが進んでいく姿に、違和感を覚え始めたが。
あとは完全に帰り。
そしてあることに気がつく。
私は、会津でセイタカアワダチソウ(あの黄色い花の外来種)一本も見なかった。
国立公園は皆の努力で維持がされていた。ただの自然ではなかったのだ。
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