http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16426 (写真入り記事)
今日は、説教準備をした一日でした。パソコンに向かうまで、段取り八部の準備が必要です。
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��説教の大筋の準備
説教の大筋の準備が終われば、あとはパソコンに向かって原稿を仕上げていけばいいかというそうではありません。祈り、聖霊に満たされる霊的準備。そして、精神的な疲れがなく、喜びと平安心になければ、説教準備はストップしてしまいます。
この3つの準備まで入れると、少なくても丸一日は準備に時間がかかります。そう考えると大作業です。
2〜3回人の前で話すのは、そう難しくはありませんが、5回、6回と話しているうちに話のネタが尽きてしまうものです。
牧師を十数年やっていると、とっくにネタは切れています。いや、切れているはずです。しかし、準備のプロセスを通して、神様からのメッセージを受け取り、それが自分の中で受肉され、のちに文章化していくことができます。
これは、神様との共同作業であり、力仕事ではないはずなのに、とても重労働です。
準備が終わると、すべてを使い切ってしまったように感じるくらいです。
まさに、全身全霊をかけての仕事です。
朝から準備をはじめて、今さっき終わりました。そこにすべてを集中していましたので、それ以外のことを忘れていました。
物事に集中している状態は、今を生きています。昨日の失敗を悔いたり、悩んだりもしていませんし、明日の心配もしていません。この状態をおそらく幸せと呼ぶのだと思います。
これから、韓国ドラマを一本見てからゆっくり休もうと思い、パソコンの電源を落とそうとした時、何か物足りなさを感じました。
そうです。「一日一シャ」をまだ書いていなかったのです。
夢中になると、時間の支配から解放されます。時間は私たちに結果を要求し、「こうしろ!」「ああしろ!」「結果を出せ!」と攻め立ててきます。
そのように攻め立てられ、追いかけられながら仕事をやっていると疲れてしまいます。イライラし、ストレスがたまってしまいます。
そこから解放されるためには、神に祈り、神と共に現在に集中し、今を生きることです。
明日は、5〜6つの用事が入っていて、いくつもバッティングしています。しかし平安です。
主が導いて下さるので、主の導きに従ったらいいからです。
イエス様は、「あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します。労苦はその日その日に、十分あります。」(マタイ6:34)と教えられました。
明日の心配は明日になってからでいいのです。
これは、無計画で、準備をしなくていいということではありません。
「備えあれば憂いなし」とことわざにもあるように、計画を立て、準備をすることは大切です。
しかし、明日のことは神に委ね、明日になってからそのことに集中し生きたらいいのです。
明日大切な用事があるかもしれません。人の前で話したり、面接を受けたり、楽しいこと、つらいこと、心配なことがあるかもしれません。
それを考えていたとしたら、眠ることができません。神の手に委ね、神に任せて休んで下さい。
そして、朝起きたら、神様と共にその日を生きはじめたらいいのです。
一日お疲れさまでした。ゆっくりお休み下さい。
また明日お会いしましょう。
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