http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16407 (写真入り記事)
今日は、「失望を乗り越える秘訣」という題で説教を語りました。その説教を語る矢先で、簡単に失望してしまう自分の弱さを知らされました。
�〆鯑�、愛車がぶつけられたこと
�⇔蘿劼僕茲詬縦蠅世辰真諭垢�欠席した
こんな簡単なことで失望してしまうのです。
説教を語る牧師が失望しない強い人だったら、失望する人の気持ちがわからないので、真意を伝えることができません。
BC607年にユダヤ人たちはバビロンのネブカデネザル王によって征服され、人々は生きたままバビロンの地に捕囚民として連れて行かれました。
神様は、エレミヤを通してそのことを予め預言されました。
『まことに、主はこう仰せられる。「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。・・・主の御告げ。・・・それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。』(エレミヤ29:10〜13)
神様は、バビロン捕囚を避けることができない現実であると言われました。避けられない現実であるならば、抗うことなく、受け入れることが大切です。
しかし、70年後には、解放されることまで預言されていました。ここに希望があります。
私たちの人生においてもこれを適応できます。
避けられない現実から逃げないこと。つまり、自分の十字架をイエス様と一緒に背負うことです。
十字架は避けたいものですが、十字架の向こうに復活があるので、そこに希望を持ちながら十字架を背負うことです。
バビロン捕囚から解放された後に、失望が忍び寄っていました。
『あの州の捕囚からのがれて生き残った残りの者たちは、非常な困難の中にあり、またそしりを受けています。そのうえ、エルサレムの城壁はくずされ、その門は火で焼き払われたままです。』 (ネヘミヤ1:3)
人々は傷つき、ボロボロでした。おまけに、エルサレムに戻っても、かつての面影は無く、城壁はくずされ、門は焼き払われ、廃墟となっていました。
ネヘミヤは、悲劇的、壊滅的な状況を知らされ心が折れそうになりました。
その時、『私はこのことばを聞いたとき、すわって泣き、数日の間、喪に服し、断食して天の神の前に祈って、言った。』 (ネヘミヤ1:4〜11)とあります。
現実を直視し、その上で神に祈り、悔い改めました。
これが問題に対する普遍的な対応法です。
しかし、この時点では、まだ失望していません。
『こうして、私たちは城壁を建て直し、城壁はみな、その高さの半分まで継ぎ合わされた。民に働く気があったからである。』 (ネヘミヤ4:6)とあります。
問題に直面し、神に祈り、力を得て城壁の再建に取りかかりはじめた時は、みんなが必死なので、勢いよく進みましたが、時間が経過し、疲れが出て来て、その場の空気が徐々に変わっていきます。
『そのとき、ユダの人々は言った。「荷をになう者の力は衰えているのに、ちりあくたは山をなしている。私たちは城壁を築くことはできない。」』(ネヘミヤ4:10)
失望の空気が蔓延します。
1、敵の嫌がらせがあったからです。
『一方、私たちの敵は言った。「彼らの知らないうちに、また見ないうちに、彼らの真中にはいり込んで、彼らを殺し、その工事をやめさせよう。」』 (ネヘミヤ4:11)
敵の正体は、サマリヤ人、アンモン人、ペリシテ人などです。
彼らは、エルサレムの城壁が再建されると、自分たちの既得権益が失われることを恐れ、抵抗し、妨害しました。
サタンと悪霊共のやり方そのものです。
失望の背後には、人のやる気を失わせるように悪霊が働いています。
2、疲労感があった。
ユダヤの人々は、『荷をになう者の力は衰えている』 (ネヘミヤ4:10)とエレミヤに報告しました。
失望の原因は、肉体的な疲れでした。
そんな時は、休むことが大切です。
週に一度の日曜日の礼拝と、肉体の安息が大切です。
�,匹鵑併�に疲労を感じる?
『私たちは城壁を建て直し、城壁はみな、その高さの半分まで継ぎ合わされた。民に働く気があったからである。』 (ネヘミヤ4:6)
最初は、一生懸命に働きます。しかし、半分を過ぎた頃になると疲れを感じます。
私がはじめて富士山に登った時、最初の数時間は意気揚々とし、足取りも軽く登っていました。しかし、もうすぐそこが頂上のように思っていたら、半分位で「頂上はまだまだ先だ」と知った時、「せっかくここまで来たのだから、このまま頂上まで登ぼろう!」という気持ちと、「疲れたし、今引き返せば、今日中に家に帰れる。ここまで来ただけで十分だ。引き返そうか?!」と二つの思いに挟まれて、気持ちが揺れたことを思い出します。
城壁を再建するユダヤ人たちも、半分まで完成した時に、「続けるか?やめるか?」の二つの気持ちに揺れた結果、疲労を感じました。
�△舛蠅△�たを見てやる気がうせた
『ちりあくたは山をなしている。私たちは城壁を築くことはできない。』 (ネヘミヤ4:10)
ちりあくたの山は、城壁を再建するすぐそばに置かれていました。崩れた城壁の石、はがれた壁材などでした。
デスクの上が汚れていると仕事をする気が無くなることがあります。そんな時は、今使わないものを片付けると良いです。
私たちの人生の中に置かれた「ちりあくた」は、
(1)心の中にある心配、恐れ、悩みというゴミ
(2)失敗を悔やむ心
心のゴミを放置していると、イライラします。そうすると、やる気がなくなり、失敗を繰り返しやすくなります。
その都度祈り、心の中を掃除していきましょう。
��挫折感
『私たちは城壁を築くことはできない。』 (ネヘミヤ4:10)
挫折は、行き詰まりを与え、それ以上進めなくしてしまいます。
そんな時、つぶやいたり、文句を言ったり、人や状況のせいにするのではなく、一時的な後退と捉えましょう。
高いハードルを越えるためには、二歩・三歩下がって、助走をつけて乗り越えたらいいのです。挫折は障害ではありません。
3、失望を乗り越えるために
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『そこで私は、民をその家族ごとに、城壁のうしろの低い所の、空地に、剣や槍や弓を持たせて配置した。』 (ネヘミヤ4:13)
ネヘミヤは、リーダーとして、「あなたはあそこで働いてほしい!」「君はそこで見張りをしてくれないか!」と組織化しました。
失望した時に、あきらめるのではなく、別の視点で見て、再出発したらいいのです。
失望したからといって、あなたの目標が間違っていたとは限りません。もっと違った方法で目標を目指したらいいのです。
私たちのリーダーは神様です。神に聞き、神の導きに従って再出発しましょう。
人間関係、結婚生活、仕事、学業がうまくいかなくなったら、神の導きに従ってやり直したらいいのです。
�⊇�け手が必要
『ふたりはひとりよりもまさっている。』 (伝道者の書4:9)
これは結婚相手のことだけではありません。
イエス様は、弟子たちを2人組にして、伝道に派遣しました。
2人組だと1人が失望して倒れても、もう1人が励まし、立たせることができるからです。
ネヘミヤは、『民をその家族ごとに、城壁のうしろの低い所の、空地に、剣や槍や弓を持たせて配置した。』(ネヘミヤ4:13)とあります。
家族ごとに組にして配置することで、失望を乗り越えさせました。
��主を思い出す。
『彼らを恐れてはならない。大いなる恐るべき主を覚え、自分たちの兄弟、息子、娘、妻、また家のために戦いなさい。』 (ネヘミヤ4:14)
ネヘミヤは、「主を思い出せ!」と、励ましました。
何を思い出したらいいのでしょう?
失望した時、現実を認めながらも、そこから天に目を転じて、神に心をフォーカスしましょう。
あなたを失望させているのは「あなたの考え方」です。
現実に心が奪われているから失望するのです。
�の�ち向かい戦え。
『自分たちの兄弟、息子、娘、妻、また家のために戦いなさい。』 (ネヘミヤ4:14)
失望を乗り越えるために最終的に必要なことは、立ち向かい、戦うことです。
ボクシングの試合で、世界チャンピオンに挑戦した弱い選手であっても、戦わなかったら相手に勝ちを譲ってしまうことになります。
失望に屈することなく、立ち向かい、戦いましょう。
『私たちの戦いの武器は、肉の物ではなく、神の御前で、要塞をも破るほどに力のあるものです。私たちは、さまざまの思弁と、神の知識に逆らって立つあらゆる高ぶりを打ち砕き、すべてのはかりごとをとりこにしてキリストに服従させ、』(第二コリント10:4〜5)
私たちの戦いの戦場は、「私たちの思考の中」です。
悪魔・悪霊は、超自然的に私たちに挑み、日夜訴えています。
これ以上悪魔を喜ばせてはいけません。
失望すると力がなくなり、何もできなくなってしまいます。
ヤコブは、勝利の秘訣を教えてくれます。
『神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。』(ヤコブ4:7)
神に従って、悪魔が持ってくる失望させる考えと否定的な考えに立ち向かいましょう。そうしたら、失望に打ち勝つことが出来ます。
今日は、このような内容の説教をしましたが、語っている矢先に、私自身も失望を体験しました。
自分が語った通りにしたら、失望に打ち勝つことが出来ました。
これは人間が考え出した哲学ではなく、聖書の言葉です。誰の人生にも適応できます。
日曜日の夜、サザエさんを見ながら、独身の寂しさ、わびしさを感じる人がいると聞いたことがあります。
明日からはじまる仕事の事を考えて、つらくなる人もいるかも知れません。
どうぞ、聖書に従って失望を乗り越え、希望を持って新しい一週間をスタートいたしましょう。
一日お疲れさまでした。
おやすみなさい。
また明日会いましょう。
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