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2015年10月26日21:30

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【旅行記】2015.10:台湾

13年前、社会人になって初めての一人旅、初めてのアジアへの旅として台湾(台北)に行った。
現地では、友人のツテを使って知り合った現地人の小室哲哉ファンの同じ年の男の子(当時大学生)とその友人達に案内してもらった。中正記念堂や故旧博物館等の観光の他に、美味しい豆花のお店に連れていって貰ったり、globeやtrfの歌を歌いながら淡水を観光したり…英語のレベルが同じで話しやすく、とても楽しかった思い出がある。
「I´ll be back SOON(^^)d」なんてシュワルツネッガーみたいなセリフをドヤ顔で吐き捨てて帰国したけれど、結局他の国に興味が沸いてしまい、「SOON」が気がついたら13年も経ってしまった。

数年前から、また台湾に行きたいなあとぼんやり思っていた。
きっかけは東日本大震災の際、国民一人当たり千円にも及ぶ沢山の義援金が台湾から届いたこと。そう、台湾はとんでもない親日国なのだ。旧植民地であるこの国が何故そんなに親日なのか、私はこの旅で少しだけそれがわかった気がする。
そろそろまた台湾に行きたい。そんな時に目についたのはこちら。運良くキャンセルが出て、参加する事ができた。
http://mixi.jp/view_event.pl?comm_id=369597&id=78442697

〜1日目〜

朝4時に起床し、成田空港へ。今回はバニラエアーというANA系のLCCを利用したので、LCC専用ターミナルである第三ターミナルに集合。以前某DAの追っかけ…もとい四国旅行でJet Starに乗った時はまだできていなかったので、初めて来た。40数名の参加者は私と大きくは年が違わない感じで、何となく「社会人サークルの旅行」みたいな雰囲気。

バニラエアーはLCCなので機内食は出ないけど、持ち込めば問題なし。短いフライトだしね。機内では、制服を着たスポンジボブと写真撮れます。
そうこうしてる内に高雄に到着。夕日に間に合う様に、急いで「高美湿地」を目指す。

【高美湿地】
湿地というと日本人は釧路湿原や尾瀬あたりを思い浮かべるが、ここは海に面した湿地。面積は約300ヘクタール、現地ではバードウォッチングの名所として知られている模様。
日本は3連休の初日だが、折しも台湾は3連休の中日、家族連れやカップル等、多くの人で賑わっていた。ギリギリ日没に間に合った我々、早速湿地に入る。踝位の高さの水位で砂地なのだが、不思議と土壌は硬くズブズブと入っていく事はない。見上げると、雲の合間から僅かにオレンジ色を残した空が。何とも幻想的な風景であった。
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本当は風さえ無ければウユニ塩湖みたいに鏡張りが見られるらしいのだが、本家同様中々気象条件が揃わないと厳しいらしく、今回は結局見られなかった。

高美湿地を後にして台中へ。夕食は沁園春という、蒋介石の子供がお気に入りだったというレストラン。
セットで色々出てきたのだが、お目当ては小籠包。あまり小籠包を食べないので他と比べられないのだが、肉汁が沢山でとても美味しかった。基本一人旅なので食事も一人で食べる事が多いのだが、やはり何人かでワイワイ食べるの方が美味しいさも倍増だ。
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夕食の後は、近くの甘味屋で豆花をテイクアウトして宮原眼科へ。日本統治下の1927年、宮原武熊医師が「宮原眼科」を開院。戦後、宮原医師は日本へ帰国、医院は国民党政府に管理され、「台中市衛生院」として再利用。その後衛生院も閉鎖され、数十年の間、建物のみが残されていた。それをお菓子メーカーが買い取り、お菓子屋にした。中に入ると、本棚の装飾が天井まで施されており、どこかハリー・ポッターの世界観。
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眼科だった名残りは全く感じられなかったが、シャンデリアなんかもあり、中々お洒落な内装。アイスクリームが有名らしいが、長蛇の列。諦めてタピオカミルクティを頂くことにした。ここのタピオカミルクティは、紅茶を淹れる所から作る為、かなり時間がかかった。だから味は本物、今まで日本で飲んでいたものとは全くと言って良い程別物だった。皆が買い物をしている間に、先程テイクアウトした落花生入り豆花を食べる。
あ〜これ、これだよ。
なんて美味しいんだろう!日本の豆腐の様でそうではないとろける食感、甘い密によく合う。これを食べる為だけに台湾に行きたいと、何度思ったことか。

一旦ホテルにチェックインして、ホテル近くの中華街夜市にくり出す。ただ、満腹でハパイヤ牛乳(これ初めて飲んだけど美味い)だけ飲むのでイッパイイッパイ。
夜市は台北の士林夜市しか行った事がなかったので、中華街夜市はショボい感じがした。せっかく台中に来たので、本当はタクシーで台湾第二と言われる逢甲夜市に行った方が良かったかもしれないが、気力がなかったのと、流石に団体行動を外れ過ぎなので諦めた。
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〜2日目〜
幹事さんが、朝一で魯肉飯の美味しい食堂に連れていってくれた。市場の一角にある元気なおばちゃん達がやってる食堂。魯肉飯とは、豚の挽き肉をご飯にぶっかける台湾飯。意外とさっぱりしていて、朝食にもぴったり。近くのスーパーでお土産を買って出発。

【彩虹眷村】
第2次世界大戦後、蒋介石率いる国民党軍が台湾に進駐し、統治を始めた際に中国から60万人が移住してきたため、その人たちが暮らす住宅が必要となり台湾各地に作られたのが「眷村」。現在では老朽化し、衛生面でも問題があり、住人も減少し治安が悪くなったという理由で20年前から多くは取り壊され、ここもその予定だった。 ここに絵を描き始めたのは住人の「黄じいさん(黄伯伯)」こと黄永阜さん。香港九龍出身で、国民党軍に志願し、台湾へとやってきた。取り壊しの話がでていた2008年のある日、黄じいさんは、突然、ペンキで家の前の灰色のコンクリート壁に絵を描き始めたのだ。黄じいさんの絵は集落全体に広がり、何時しか観光名所に。ついに台中市は取り壊し計画を中止した。

村(というか街中の一角)に入ると、家々や公園、塀まで鮮やかな絵で彩られていた。絵に統一したテーマは無く、本当にその場の思い付きで描いたという感じ。人だったり動物だったりUMAだったり、ドラえもんの様なナニカだったり(笑)。ずっと眺めていても飽きない。運良くお土産屋で黄さん本人にお目にかかる事ができたが、90才を越えてるとはとても思えないくらい、お元気だった。
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【鹿港】
1785〜1845年頃には中国福建と交易する港町として栄え、中国泉州からの移民も多く、当時人口は10万人程。日本統治時代にも引き続き中国との貿易港として活躍したが、日中戦争後は中国との貿易が絶たれた事や天然の港に土砂が積もり浅くなってしまったこと、鉄道輸送網から外れたことにより衰退した。今では人口8万人程の小さな古都。

まず何人かのグループに加わり、龍山寺へ。台北にも同じ名前の寺があったような。中国なんかにもよくあるスタイルの、お堂が縦にいくつも続いていく造り。装飾や色彩画は中々の見応え。
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そこから少し歩いて、摸乳巷。大人一人がやっと通れる狭い道で、その名の由来は女性とすれ違うと胸が当たってしまうから(ただし、カップによる)。
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お昼は肉まんのお店、阿振肉包へ。ここは鹿港の有名店で、行列ができていた。それぞれ1個づつ購入し、その場で頂く。美味い!!例えるなら、大きな小籠包。肉汁が溢れる。肉まんってコンビニで買ってお昼とかにちょっと食べるイメージがあり、あまり肉まんの事を深く考えた事がなかったが、美味いものは本当に美味いのだ。ここで修行した日本人が世田谷に店を開いてるので、行ってみたい。
そして九曲巷。北京の胡同にも似た、古い建物が連なる狭い路地が続くエリア。何処を撮っても絵になる風景。
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少し開けた所に出た所で、他の人達はまた何か食べると言う。はみだしっ子私、そこまでお腹が空いていないので、ついに単独行動に出る。協調性ゼロで申し訳ない。

単独行動に出たのは、行きたい所があったからだ。街の中心を走る大通りを外れた、役場の後にそれはあった。台湾の街並みの中に、突然の日本家屋。日本統治下の1935年、町長の宿舎として建てられたものだ。長らく倉庫として使われていたが、修繕して公開されている。私は古い建物や家を見るのが好きで、日本でもちょいちょい見学に行くのだが、内部もこれまで見てきた同時代の日本家屋と全く同じ。畳の床も長い板張りの廊下も台所も。廊下の椅子で寛ぐと、台湾にいる事を忘れてしまう。
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唯一違うのは、縁側が無いことか。土台が日本にある物より少し高い感じがするのは、台湾の暑さに対応する為かもしれない。
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同じ通りに甘味屋を見つけたので、休憩がてらマンゴーかき氷と豆花が半々に入っているやつを食べる。うーん、幸せ。
大通りを歩いて天后廟へ。周囲には沢山の商店が連なり、賑わっていた。清朝に建てられた、航海の安全を守る神、媽祖を祭る廟。同じく3つの廟が縦に連なる造り。台湾人にも人気らしく、参拝者が沢山いた。
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その後、老街という昔の街並みを再現した通りをお土産屋を冷やかしつつ、小さな廟や古井戸を見学しつつブラブラ。集合時間を気にしながら、大通りを戻る。
この大通り(中山路)沿いには、看板建築が多く見られる。間違いなく日本統治時代の遺物だ。看板建築とは、関東大震災後に数多く建設された、洋風の外観を持った店舗併用の都市型住居である。日本でもここまで狭い範囲に看板建築が沢山残っている場所は無いのではなかろうか。私がなぜ看板建築に気がづいたかと言うと、地元・国府津も県内では看板建築の名所として知られているからだ。ただ、バカな小田原市がどんどん破壊し、私が子供の頃に比べるとだいぶ数が少なくなってしまっているが…。鹿港の人達は大事にリノベーションして使ってくれてるのが嬉しい。
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そんな看板建築を眺めながら歩いていたら、とある若者向け雑貨屋から…

♪I'm on the way to myself
もう泣かなくていいよ♪

…んん?これめっちゃ知ってる…なんの曲だっけ?
…globeのON THE WAY TO YOUじゃんか!!
買い物をするわけではないのについ曲が終るまで居座ってしまったが、日本音楽専用チャンネルではなかった。 なぜこんなマニアック曲が。

小室先生亜細亜的有名我尊敬\(^^)/
我行高額晩餐会!!
小室先生的弟子浅倉先生我愛!
浅倉先生的楽団“接近”演奏会我週末行\(^^)/
(出鱈目中文)

【台湾玻璃館】
本当は高美湿地に再チャレンジする予定だったのだが、鹿港あたりから雨が降りだしており、こちらに変更。
ガラスの博物館で、台湾で作られたガラス製品が展示されている。今は亡き御殿場ファミリーランドにあったガラスの迷路みたいのが、楽しかった。ここの横にガラスで作られた廟がある(巨大ビニールハウスに見えなくない)。日没後にはライトアップされて、中々綺麗。
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夕食は宿泊した嘉義という街のホテル(個人旅行では絶対泊まらないランク)で軽く。地元の人気店らしく、豚の角煮等、スパイスが効いた料理が美味しかった。
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夕食後は、近くの文化路夜市に繰り出す。昨夜の教訓を生かしたので、お腹にはまだ少し余裕がある。
文化路夜市は、全長600mの文化路側に屋台が並んでいる。とりあえず豆花の有名店へ。豆乳ベースのほんのり甘い密に、まったりとした豆花。豆乳ベースって初めてだったけど、意外としつこくなくて美味しい。
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文化路を最後の方まで歩いていくと、愛玉子(オーギョーチ)の屋台があった。近郊の景勝地・阿里山で取れた天然物だ。弾力がバーミアンのよりあって、とても美味しかった。
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最後にマンゴーかき氷。昼間のとは違って、雪氷。流石にお腹いっぱいになり、通りすがりのツアーメンバーに手伝って貰って完食。
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〜3日目〜
【烏山頭水庫(ダム)】
かつて、昨夜宿泊した嘉義から台南にかけての嘉南平野は、不毛の地であった。日本統治下の1930年、この地にダムを作って豊かな土地に変えた日本人技術者がいた。
彼の名は八田與一。私も今まで全く知らなかったし、同じ金沢出身の父に聞いても知らなかったのだが、台湾では多くの人が知る有名な話らしい。
烏山頭水庫は、その八田氏が作ったダム。先ずは、 八田與一記念館へ。八田氏に関するショートムービーを鑑賞(各所に突っ込みどころが)、展示物を見ていたら、奥様がうちの金沢の従兄弟の小学校の先輩である事が判明。
八田與一は金沢出身。第四高等学校(ここ、確かまだ建物残ってます。中々素敵な建物なので、金沢に行った際には行ってみるとよいかも)を経て、1910年(明治43年)に東京帝国大学(現・東京大学)工学部土木科を卒業後、台湾総督府内務局土木課の技手として就職した。台湾で数々の事業を成し遂げたが、1942年5月、乗っていた船が米軍に撃墜されて亡くなった。記念館の裏には、八田氏の奥様が戦後直ぐに身を投げた放水口も。
その後、ダムを見学。烏山頭ダムはとんでもなく大きなダムで、今見ているのはほんの一部。どれだけ大変な工事だったかが、伺える。
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ダム沿いの遊歩道を歩いて八田夫妻のお墓へ。像は、工事中に煮詰まると本人がよく取っていたポーズだそう。近くには、故郷・金沢の兼六園のあの灯籠を模したものも。
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13年前、台北を案内してくれた同じ年の男の子との会話を、私は今でも覚えている。
私「桃園の空港にね、凄く日本語が上手な親切なお婆さんがいたよ。日本人みたいだったよ。」
彼「ああ君は、何も知らないんだね…」
日本統治時代に、日本政府が子供たちに日本語教育を強制したのを、私は知っていた。だからあのお婆さんは、日本語が話せたのだ。その事実が台湾の人達にどう捉えられているか、何も考えずに軽はずみな発言をしてしまった自分が恥ずかしくて、情けなくて居たたまれなかった。

日本が台湾を植民地にして、政治を掌握して同化政策を取ったのは事実。たぶん抗日運動もあった。 でも八田氏の様に、今の台湾の発展の土台を築いた日本人も沢山いた。だから、台湾人は日本が好きなのだ。

烏山頭水庫を後にして、高雄のお土産屋に寄って美味しいマンゴージュースを飲んだ後、空港へ向かった。

今でも時々考える。13年前に案内してくれた彼は、あの時お土産として渡したTM NETWORKの
「RHYTHM RED」(中古品)をまだ持っていてくれるだろうかと。


(読んでくれてるかわからないけど)
旅行会社のツアーと同じ、いやそれ以上のツアーを作りあげてくれた幹事さんに感謝。今まで何度かツアーに参加した事があったけど、今回は参加者の年齢が近かったこともあり、また皆さん気さくで楽しく過ごせました。
周杰倫のCDが欲しかったとか、シャンプーマッサージしたかったとか、漫画で見た胡椒餅が食べたかったとか色々あるので、次回は13年もおかずに訪問したいと思います。




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