フランス共産党、イタリア共産党、インド共産党、ベトナム共産党の犯罪、「ポルポト大虐殺」はデマ」!!
フランス共産党が、一貫してナチス・ドイツと闘ったというのはウソである。
第二次世界大戦の時、フランスはドイツ軍によって占領された。
その時、スターリンとヒトラーは、仲良く一緒にポーランドを侵略し「独ソ不可侵条約」を締結した。
スターリンは、ヒトラーの承諾を得た上で、リトアニア、ラトビア、エストニア(バルト三国)を併合し、
フィンランドに対して侵略戦争を開始し、ソ連は、国際連盟から除名された。
日本は、傀儡国家「満州国」を作ったから、国連から除名されたのではない。自らの意志で脱退したのである。
スターリンが、ヒトラーに隷属して、ポーランド分割、バルト三国に当たっても、ヒトラーの許可を
得る必要があったのはなぜなのか?
ソビエト赤軍の将軍には、かつての赤軍最高司令官トロツキーの戦友が多かった。
そこで、スターリンは、赤軍幹部の多数を皆殺しにしたのである。
コミンテルン(世界共産党)の情報工作員(スパイ)にもトロツキーの「世界革命論」を支持する者が多かった。
スターリンは、全世界のコミンテルンのスパイをモスクワに呼び寄せて皆殺しにした。
日本に居たコミンテルンのスパイのリヒャルト・ゾルゲが、殺されなかったのは、千載一遇の偶然であった。
スターリンによって、ソビエト赤軍は大打撃を受け、ソ連のスパイも皆殺しにされ、
ソ連の軍事力は、極度に低下していた。
ソ連軍がドイツ軍に勝てたのは、ルーズベルト大統領のアメリカの大量の武器援助があったからである。
ソ連軍はアメリカ製の兵器でドイツ軍と戦ったのである。
ヒトラーと手を組んだソ連共産党の機関紙『プラウダ』からは、「日ソ不可侵条約」を結んでいた、
日本軍国主義やナチスに対する批判は、完全に消滅し、専ら、英米帝国主義に対する批判で埋め尽くされるようになった。
クレムリンの長女=フランス共産党は、ナチスに加担し、ナチスに対するレジスタンスを呼びかけたトロツキストをナチスに売り渡し、皆殺しにさせた。
フランスの植民地であったベトナムでも、スターリンの手先であるホーチミンは、トロツキスト
を皆殺しにした。
フランス共産党が、反ナチス・レジスタンスを開始したのは独ソ戦開始以降である。
フランス共産党・書記長・モーリス・トレーズは、以下のように公言した。
「ソ連軍が、パリに入場してきたら、赤旗を振って大歓迎する」。
全世界の共産党は、それと同じ事を考えていたのである。
当然、日本共産党も、ソ連軍が、東京に入場してきたら、大歓迎した事は間違いない。
独ソ戦が始まると、スターリンは、アメリカとイギリスに「助けてくれ」と泣きつき、
その交換条件として、インド共産党に、独立運動の妨害をさせる事を提案した。
また、フランス共産党と、イタリア共産党に、絶対に革命はやらせない事も交換条件として提示した。
イタリアでは、ファシスト党のムッソリーニがバドリオ将軍のクーデターによって失脚し、
ドイツ軍が、幽閉されていたムッソリーニを救出し、イタリア北部に「イタリア社会主義共和国」
なるドイツの傀儡政権を樹立したのに対して、イタリア人民は、「パルチザン」闘争を開始した。
当初、イタリア共産党は、バドリオ政権を「ムッソニーリなきファシスト政権」と呼び、
「バドリオ政権打倒」をも呼びかけていた。
しかし、スターリンは、英米に媚を売るために、モスクワに居たパルミーロ・トリアッティ・イタリア共産党書記長を
イタリアに派遣し、バドリオ政権打倒のスローガンを下ろす事を命令し、
さらには、ドイツ敗戦後、共産党員を中心とするパルチザンに武装解除を命令した。
フランス共産党のモーリス・トレーズも共産党員を中心とするレジスタンスの闘士に武装解除を命令した。
インド共産党は、独立運動の妨害の限りを尽くし、ヒンドゥー教徒のブルジョワ政党である
国民会議派の活動家の多数が投獄されていたのに対し、インド共産党員のすべてが、
釈放され、インド独立運動の妨害に従事したのである。
こうした、スターリンの無節操きわまりない行動と比較すれば、ヒトラーの方が、はるかに立派である。
ヒトラーはユダヤ人虐殺を実行したのは、ユダヤ金融財閥が、ドイツ人に対する悪辣な搾取を
行っていたからである。
ヒトラーが、スラブ人虐殺を行ったのは、多数のドイツ人が、ポーランドのダンチヒ(グダニスク)
チェコスロバキア、ソ連国内で、スラブ人による悪辣な支配を受けていたからである。
確かに、ユダヤ資本家や、ポーランド、チェコスロバキア、ソ連の権力者だけではなく、
貧しいユダヤ人、スラブの労働者階級をも殺戮した事は許しががたい暴挙である。
しかし、その感情は、当時のドイツ人の多数が共有するものであった。
ヒトラーが狂人扱いされているのは「勝てば官軍」の論理である。
ハンブルク大空襲においては、アメリカ空軍によって、多数の幼児までが殺戮された。
ソ連軍占領下の東ドイツにおいては、400万人ものドイツ人女性がソ連兵によって強姦されたのである。
ナチス党員が、戦犯として裁かれるのであれば、アメリカ軍、ソ連軍の軍人も戦犯として裁かれるべきである。
トロツキーは言った「ヒトラーは有能な独裁者であり、スターリンは無能な独裁者である」と。
トロツキーは、絶対にヒトラーを狂人だとは言わなかった。
ホーチミンやベトナム労働党(1975年、ベトナム共産党と改称)を賛美する者ほど、愚かな者は居ない。
先に述べたように、ホーチミンは、ベトナムのトロツキストを虐殺した反革命分子である。
第二に、ホーチミンが実行した戦争は、米ソ、米中の代理戦争でしかなかった。
決して、労働者階級解放、民族解放の戦いではなかった。
ホーチミンの後継者であるベトナム軍は、ソ連軍将校に率いられて、中国派国家カンボジアを侵略し、占領した。
その犯罪行為を隠蔽するために、ソ連共産党とベトナム共産党がでっち上げたデマが
「ポルポトによる大虐殺」である。
その似非証拠として、多数の白骨死体の写真が公開された。しかし、300万人もの死体の写真が公開された事は、一度も無い。
せいぜい、数十名の死体の写真が公開されたに過ぎない。
数十名以上の人間の粛清など、ベトナムでも、やった事である。
どこのスターリン主義国家でも、数十万人以上の人民が虐殺されてきたと言うのは常識である。
私の友人である中国人は、文化大革命の時には、毛沢東によって1億人もの、人民が虐殺されたと語った。
スターリンですら、300万人しか殺していない。
このソ連とベトナム社会主義共和国がでっち上げた「デマ」に、「これは、反共宣伝に役立つ」と
飛びついたのが、アメリカのCIAである。
「ポルポト大虐殺」なるものは、ソ連のKGB(国家保安委員会)とアメリカのCIA(中央情報局)が
共同で宣伝して来た虚偽である。
まさに、「KGB・CIA合作」のデマゴギーである。
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