■「産まない方が問題だ」発言、麻生財務相が釈明
(朝日新聞デジタル - 12月08日 21:41)
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”親子の縁”とは不思議なもので、70億も人間が犇(ひしめ)いているのに たった一組の夫婦を見つけて、父よ、母よと 呼ぶ人間が、この世に生まれてくる。
生まれてすぐに、折悪しく死んでしまう子もいる、大抵は親のほうが 子より先に死んでしまう。
何の因果で、何が憎くて、その子を打ち殺せようか。
オレは、一度も 自分の子は持った事はないが 子供を持つ人から、子の愛しさや 子育ての大変さを聞くことはあっても、子供がいて本当に不幸だった、と言う話は まだ不思議と聞かない。
本当は、子供のために人生棒に振ったくらいに、献身と後悔を感じている人もいるのかもしれないけれど、そういう苦労は あまり表には出さない親のほうが、多いみたいだ。
いや、しかし 世の中には、いろんな親子関係があって、産んだはいいけど 育てられずに、捨てたり、埋めたり、子供が生まれたこと事態、なかったことにしたがる”親子関係”もあるらしい。
すべては、親のために都合のいいように。
他の女性の借り腹で、他の男性の精子を売り買いして、たとえいくらお金を積んでも、”自分用の”子供を欲しがる人もいる。
でも、子供の存在は煩い、声がやかましい、手間がかかる、預けなければ働きながら育てられないほど、お金がかかるとも 言われている。
今の大人達は、果たして 子供を歓迎しているのだろうか、疎ましく思っているのだろうか。
どちらなんだろう。
大人が、おためごかしや、きれいごとでなく、本音でモノを語るようになれば、子供のほうでも、おそるおそる 生まれ始めるのかもしれないけど、とてもじゃないけど 諸手を挙げて 歓迎しているようには思えないんだよな。
腕を掴んで、無理やり引っ張り出して、アレをしろ これをしろ、口答えするな、言われたとおりに、何も考えずに従え、などと言われるために、生まれてくるのだろうか。
大人たちのために。
まぁ、それでも、嬉々として 子供は子供である事をやめないのだけど、ある日を境に、自分の拙さを恥じて、
”ああ こんな出来の悪い自分など、生まれてくるんじゃなかった、おとうさん おかあさん 先立つ不孝をお許し下さい”と、みずから命を絶つまで。
何が正解で、何が間違いかなど、人に決められる前に さっさと自分で見切りをつけて この世に絶望する前に、そんな事のために生まれてきたんじゃないのだから、私達の事はいいから、自分の人生を生きなさいと、背中を押せる親になりたかった。
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