■死因1位「自殺」の衝撃、豊かな国でなぜ?
(JIJICO - 11月26日 12:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=180&from=diary&id=3158045
ハムレットではないが、デュルケームの『自殺論』には、人が自殺にいたる 動機が、4つに大別されていた。
� 〕�他的自殺(集団本位的自殺)
集団の価値体系に絶対的な服従を強いられる社会、あるいは諸個人が価値体系・規範へ自発的かつ積極的に服従しようとする社会に見られる自殺の形態。献身や自己犠牲が強調される伝統的な道徳構造を持つ未開社会、さらにその延長線上にある軍隊組織に見られる自殺・殉死などが該当する(一般人よりも軍人のほうが自殺率が高く、軍隊内では工兵や後方支援部隊の兵士よりも戦闘部隊の兵士のほうが自殺率が高い)
�◆〕�己的自殺(自己本位的自殺)
過度の孤独感や焦燥感などにより個人が集団との結びつきが弱まることによって起こる自殺の形態。個人主義の拡大に伴って増大してきたものとしている。デュルケームによればユダヤ教徒よりもカトリック教徒、カトリック教徒よりもプロテスタント教徒のほうが自殺率が高く、農村よりも都市、既婚者よりも未婚者の自殺率が高いなどと言ったように個人の孤立を招きやすい環境において自殺率が高まるとしている。ただし、宗教別の自殺率の比較は、その後の研究によって統計上の誤りが証明され、デュルケームが指摘するほどに大きな違いがないことが明らかになっている。
�� アノミー的自殺
社会的規則・規制がない(もしくは少ない)状態において起こる自殺の形態。集団・社会の規範が緩み、より多くの自由が獲得された結果、膨れ上がる自分の欲望を果てしなく追求し続け、実現できないことに幻滅し虚無感を抱き自殺へ至るものである。つまり、無規制状態の下で自らの欲望に歯止めが効かなくなり、自殺してしまうもので、不況期よりも好景気のほうが欲望が過度に膨張するので自殺率が高まる。
�ぁ―斌薪�自殺
集団・社会の規範による拘束力が非常に強く、個人の欲求を過度に抑圧することで起こる自殺の形態(彼はこのパターンは脚注において説明しているに過ぎない)。デュルケーム自身は、この自殺類型に関して具体的な事例を挙げていないが、宮島喬氏は身分の違いによって道ならぬ恋を成就できずに自殺へ至る「心中」がこれに該当するものとしている。
”未達”のフラストレーションが、生きることの虚無観をもたらすとするなら、あまりに多くを望みすぎ、充たされすぎ、または渇望感が大きすぎ、失うものが 命以外、何もないというのも、充分、”自殺の原因”になりうる事が示されている。
100年前でも、すでに そこまでの理由が分かっていながら、なぜ 自ら”集団自殺”を選ぶ、ドブネズミのように、自分にとって「不確かな死」を選んでしまうのだろうか。
ログインしてコメントを確認・投稿する