この映画が映し出しているのは、1982年6月6日に勃発したイスラエルによる「レバノン侵攻」における戦争に付き物の不条理と、イスラエル軍上層部の杜撰さについてである。
カメラは、ひたすら戦車の中から出ることはなく、ひたすら4人のクルーを映し続けるが、戦車の中で「戦争をのた打ち回る」彼らを目にするうちに、観客は、この戦争の不条理さを容易に理解できるようになっている。
イスラエル軍の広報担当者が「良い仕事」をしたせいか、このレバノン侵攻は、「イスラエルの楽勝」「相変わらず最強のイスラエル軍」というイメージが流通しているようであるが、自ら従軍した過去を持つサミュエル・マオズ監督によると、実情は「少し」違っていたようだ。
まず、4人の戦車クルー【車長、砲手、ドライバー、そして主砲に弾を「くべる」装填手の4人から成る】は、何と実戦直前の数時間前!に、初めて顔を合わせていたりする…。
4人のクルーの個性は、平時ならともかく、無情さが支配する戦時においては、とにかく「豊か」過ぎた…。
クルー最年長の装填手は反抗的で階級なんぞ「知ったこっちゃない」!
車内のリーダーたる車長は、権威を振りかざすだけでまともな判断を下せず、それどころか徐々に精神の均衡を失っていく。
兵士に似つかわしくない優しさを持つドライバーは物覚えが良かったものの、戦場に来るには神経が繊細過ぎ、オマケに「お母さんっ子」だった。
…そして、主砲の照準と発射を担当する砲手は、どこまでも人殺しが苦手であった。
要は、「軍隊にでも入れて、根性を叩き直してもらえ!」と言われていそうな人間が、よりによって、軍隊によってつくられ、戦争に投入されているのである。
ともかく、未経験の兵士を戦闘に参加させるあたりで、イスラエル軍上層部の杜撰な段取りが見て取れるが、彼らの不手際は、これに止まらない!
15人ばかりの精鋭パラシュート部隊+一両の重戦車は、レバノン領内での「楽チン」とされる作戦に従事するが、彼らが差し向けられたのは、「いるはずのない」シリア軍がウヨウヨいる市街地であった。
しかも彼らの司令部は状況を把握しておらず、補給・兵站もズサン極まりないものであり、彼らをレバノン領内で援けてくれるはずの「同盟軍」はキリスト教右派の民兵であり、軍事に関しては「残虐さだけが取り柄」のアマチュアであるというオマケつきだった・・・。
そして戦場においては「それだけは、やめてくれ!」と願うことばかりが起こっていき、兵士たちは心身ともに蝕まれていく・・・・。
彼らは、生きて戦場から抜けられるか?は、皆さんに見ていただくとして、次に演出について触れていく。
この映画において戦車内部と乗員の心理状態の双方を再現するために、戦車乗員を演じる俳優さんたちは、トラック荷台に据え付けられた非冷房のコンテナ(戦車内部が再現されている)に入れられて、演技をすることとなる。
長時間にわたり「閉じ込められて」演技をするため、俳優さんたちも、あまり「役作り」をすることなく、当時の戦車乗員の心理状態を「追体験」することとなったという・・・。
ちなみに、戦車外部からの銃砲撃を再現する際に、コンテナの壁や天井をスタッフが叩いて再現しているが、外の見えないコンテナ内部に閉じ込められた俳優さんたちにとっては、「充分すぎるほど」のストレスになったという・・・、つまり、この面でも、当時の戦車乗員のストレスを「追体験」することとなったわけである。
「戦争を美しく語るものを信用するな」という格言があるが、彼らの乗るセンチュリオン戦車も十二分に「汚い」!床には吸殻と油がこぼれ、小便は戦車から出ずに弾薬箱に垂れる。
ひとたび戦闘が始まると、当初の汚さに加えて硝煙が室内にこもり、被弾すると油圧系統の油が室内に飛び散る。あたかも油を「血液」とする生き物の血管が破れるが如く・・・・。
そんな中、彼等は生き残るために戦車のエンジンを始動させ、恐怖心から引き金を引き、スコープ越しに見たくも無い「人の生き死に」を見せつけられていく・・・・。
なお、東日本大震災の際に、筆者の母は、ロクでもないニュースを数週間見続けたせいで、軽い神経症に罹ったが、その時に筆者が思ったことは、
「パニック映画や戦争映画が、エンターテイメントとして成立するのは、数時間で終わることが保障されているからだ。」
という、当たり前の事実であった。
この映画の兵士たちが見た、「悪夢を見つづけるような出来ごと」が皆さんに降りかからないことを祈り、筆を置くこととする。
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