私は、おそらく今まで、ずっと、社会に反抗し続けてきて、今の年まで生きてきた。
別に法律なんか、守る必要ないと思ってたし、自分がしたい事が法律違反だったら
罰せられるのが怖いから、やめようなんて考えた事もなかった。
世間的に許される事じゃないから、やめておこうとか、そういう事も全く考えた事がなかった。
善悪の基準は自の心で、他人の基準なんて、どうでもいいと思って生きてきた。
ただ、この生き方は風当りが強い。
立派な事を言うと、勝手に私は人格者で、法律違反なんかしない、善人だと決めつけるような人も多いが、私は、誰かに認められたくて、真実を求めている訳ではない。
立派な意見を言いたい訳でもない。
感動を呼ぶような意見を言いたい訳でもない。
社会適応能力が高い人間が偉いとされるのは、なんでかって悩んだだけだ。
社会適応能力といっても、すべてをひとくくりにするのは、かなり乱暴だ。
大きく2つに分かれると思う。
�‖梢佑北堆任鬚�けない能力。
�∈�あるルールを利用するのが上手な能力。
�,世韻世函⇒�用されるだけの人間になるのは明白だが、これを素晴らしいとする事で社会の秩序は保たれるから、そういう意味では日本は成功しているといえるだろう。
�△蓮△△泙衙�められた事ではないが、金儲けや、人脈作りが上手な人はこれに当てはまるだろう。
私は、15歳くらいから、当たり前に反抗し続けた結果、すべてを遠ざけてしまった。
だから、私には、権力のある人、金持ちの人の友達がほとんどいない。
自分1人の力で、のしあがり、自分1人の力で、ファミリーとか自分の組織を大きくしようと、常に頑張ってきた。
でも、やっぱり、経済的に成功し、裕福でないと、会社は回らないし、部下、友達、家族を守る事ができない。
単発のお山の大将は、すぐつぶれる。
不景気で、まずツブれるのは、中小企業からだ。
そこで踏ん張れるかどうかは、組織力だろう。
横のつながり、支え、そういう物が必要だ。
それに必要なのが、私が今までの人生で、もっとも嫌ってきた、一般的な常識や
理不尽な事に頭を下げて、お願いする姿勢だ。
だが、真実を追求する事が正義である私には、現在でも理不尽に頭を下げるつもりがない。
どんどん選択肢を削られた結果、私は本当に悩んだ。
貧乏である事、それは私の心を大きく蝕んだ。
金がないと友達と遊ぶこともできない。
電車賃を借りてまで、友達と遊ぶか?
心に余裕がない自分を、誰にもさらけ出したくない気持ちが一番に立って
外出恐怖症みたいな感じにもなった。
いったん、こうなってしまうと、本当に恰好が悪い。
手足を引っ込めたカメのようだ。
今回、バリにきて、いろいろと考えた。
どんなにみっともなくても、どんなに周りに迷惑をかけても、それが嫌じゃない人と一緒に、もう一度、ゼロからやり直そうって思った。
選択肢を削られたのなら、あえてすべて捨てて、ゼロから自分で作り上げようと思った。
私は、私だ。
明日、事故で死ぬかもしれないのに、何をくよくよと、たかが金の事で、くだらない。
家がなければ、住まわしてくれる家にいけばいい。
飯が食えなければ、魚を釣ればいい。
私は、生きているだけで、色んな人に迷惑をかけている。
食べ物を食べ排泄し、酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出している時点で、地球を汚している。
死ななければ、何とかなる。
死なないように頑張ろう。
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