メールやツイッターやmixiなんかは、その本人が書いたという保証は100%でもなく、他の人でもなりすますことが簡単なのに、どこで、その人間を感じるのだろうか?
文の調子?
書き方?
携帯のメールとかは、携帯を持っているのが本人である可能性が高いという事を信じすぎじゃないかな?
それを前提にして、個人を感じているのかな?
直接、手で打った温かみを想像しているから、うれしいのかな?
電話だって、一旦、電波に変換している訳で、本人に酷似した別の声だ。
本人の声のトーンなんかにシンクロしているので、それに暖かさを感じるのかな?
すべては脳の誤解だな。
脳を騙せるレベルかどうかってのが、課題なんだろうな。
そうだとすると、実際に遠いトコにいる人が一緒にいるかのような錯覚を起こさせるような文明の利器は発明されるだろうな。
人間の脳は、現実じゃない事ばかりを作り出して、それを現実として認識している。
過去のデータによる予測で偏りまくっている。
だから目の錯覚が起きる。
この偏りを理解して同様に考えたら、日本語を使っている偏り、お金に信用を集めすぎている偏り、色んな偏りが見えてくる。
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