人間の歴史は、戦いの歴史。
ナポレオン、チンギスハン、三国志、戦国時代。
平和である期間の方が短い。
抵抗のできないような、圧倒的な力で、自分の身内が殺されたら恨むしかない。
敵を恨み、戦争を恨む。
ただ、やっと勝ち取った平和な世の中でも、色んな事件が起きる。
守られた世界ならではの、えげつない事件も起こる。
いざ、平和になってみたら、誰かと戦ってみたくなる。
自分が何の為に生きているのかに疑問を持ち、自分の生きている意味を求めて、死に様を決めたくなる。
正義のある戦争なら、参加して死ぬのが自分の生き方かな?
なって思ってみたりもする。
そうやって人間は、同じ過ちを何回も繰り返してきたんだろうな。
なんて、漠然と考えてみた。
混沌→戦争→統括→平和→混沌→戦争→統括→平和
どの時代に自分が一番適しているのかと考えた時に
混沌と戦争の→部分か、戦争と平和の→の部分が心地よいように思った。
いざ、反乱軍が、政権を奪ったとしたら、目的がそこで達成してしまってはダメだ。
そこから先の政(まつりごと)が大事なのであって、反乱はそうする為に必要な道中であるだけであるはずだ。
ただ、反乱を支持する、荒くれ者は、政には興味がない。
だから、平和の世のは、邪魔者になる。
反乱時に役に立っていた人ほど、邪魔になる可能性は高い。
でも、戦友を邪険にはできない。
これは、今までの歴史が物語っている。
だから、私は、一番上に立つか、若しくは、2番手以下の部下ならば、次、平和になるまでに死んでしまうというのに適している。
すべては、所詮、妄想なのだが
そんな事を考えてしまう。
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