村上さんの生きてきた世界。それは西洋式ハイアート(現代アート)の世界。
そこでは西洋の歴史の文脈を理解し、新たな発想の一手を指せるかどうかで
作品の価値が決まる、将棋やチェスゲームのような世界だ。
そこには言葉で説明できなければ作品の価値が認められない
言葉の世界、いわばアメリカ文化が根付いているのである。
しかし、日本においては言葉で説明できなければ伝わらない作品は
娯楽作品としては失格でもあったりする。
それは日本が情感の文化であり、見ただけで伝わらないようでは
作品として評価されない。言葉を重視するアメリカの文化とは
明らかに異なっているからだ。
それを裏付けるように日本にはハイアート、わかりやすくいうと
難解な現代アートの市場が全くないらしい。
村上さんはそれを嘆いているようだが、私としてはそこに
日本のアートの未来を感じるのだ。
日本ではハイアートが全く受け入れられていない半面、
ロウアート、いわゆる土着的なアート(タグボートギャラリーなどが有名)
の市場は存在しているらしく、村上さんのギャラリーでもロウアートの作品は
かなり売れるらしい。
最近はそのハイアート市場が行き詰まりを見せており、
各国のロウアートに注目が集まってきており、村上さんも
そこに大きな可能性を感じているとのこと。
日本人にとって絵画とは見ただけで惹かれる作品でなければ
価値を感じられないものであり、そこにスポットが当たり始めたということは
ある意味、日本のアーティストの時代が来たとも考えられるのではないだろうか。
アートの世界に加わりたい私は、つい良いように前向きに捉えてしまう。
企画画廊の取り扱い作家を目指して頑張りたいと思えるいい内容。
それにしても村上さんの活動は素晴らしいと思う。
作品に関してはいろいろな意見があると思うが、
GEISAIなどの活動から、作家として活動しつつも画廊を作り、
エージェントを作り、世界に日本人作家をたくさん輩出し
世界のアートシーンを変え、その市場の中心を日本に持ってこようとする
活動、意欲は注目しないではいられない作家さんでしょう。
しかしそういった作為と論理、市場原理で出来上がっている
ハイアートの世界に村上さんいわく限界が近づいているらしい。
これは小山さんの本でも書いてたが時代の変わり目に
今はあたり、アート界はその先の世界へ模索を続けている状況だとのこと。
最近は作為のない表現、いわゆるロウアート(土着の芸術)や
アウトサイダーアートの世界に注目が当たっているらしく
そこに村上さんは注目しているようだ。
そもそも日本には西洋式アートの市場はほとんどない。
村上さんはそれを非常に嘆いていたが、ところがロウアートの市場は
存在しており、そこに日本のアートの未来を感じているとのこと。
私も昔から西洋式ハイアート日本に根付かないと思っていた。
その出所がキリスト教からであり、仏教、神道の国である
日本人になじみがなく興味がわかないのは当然だろう。
その上日本にはマンガという大衆娯楽がアートの変わりに
存在しているのでなおさらである。
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