最近の日記を読み返してみると、正義論(持論)とマニアックな事しか書いてなかった…。
基本がアナーキストだし、マジョリティーな事よりはマイノリティーに興味があるから仕方がないか。今回はさらに暗い内容になると思うので、テンション下げたくない人は読まない方が良い。
私の周りで今までに自殺した人は4人程度いる。4人程度というのは、それほど親しくない人間の事は正直覚えていないからだ。自殺と言う事は相当ショッキングな出来事だが、それでも友達の友達などとなるとやはり記憶が曖昧だったりする。
私にとってはその程度の存在だったという事なのだろう。逆に言えば私がいなくなってもその程度の影響力でしかない事を示すが、それに落胆するという時期は、すでに中学生の時に毎夜、死について考えた時に迎え、そしてその時期に克服している。
わたしが死ぬという事は、自分にとってはウルトラスペシャルな出来事だが、他人によってはそれほどでもない。今、地球上で生きている人間の数より、すでに死んだ人間の数の方が圧倒的に多く、特別な現象なのではないと、ある意味で悟ったのが中学3年の時だった。
だが、小学校の4年くらいから、その悟りを開いた中学3年までの間は、夜寝る時にはほぼ毎日、死について考えて怖かった。
宗教を持っている人はあまり怖くないようだ。死についてのそれなりの解釈が宗教によってある。私がそういう宗教について勉強しはじめたのは30歳を超えてからなので、中学3年の時の悟りから実に倍の人生を歩んだ後に知った事になる。
”殺人をしてはいけないのはなぜか?”という事も真剣に考えた事があるが、最初の答えは”悲しむ人がいるから!”であった。しかし、これでは天涯孤独の人間で悲しむ人がいない人間なら殺してもいいのか?と、いう事になる。
殺すという事は憎しみを生み、人口を減らす。殺伐とした雰囲気の世界になる。それをさせない為に仲間を守る為に家族や国があるのだと思う。だから、どうして人を殺してはいけないのか?というのはある意味で逆説的質問だと思う。
自分の仲間を殺させない為に、平和に暮らせるように一生懸命に組織を作った人間がいたのが最初であり、その人間が自分の組織内の治安を維持する為に、仲間同士の殺人も禁止したのだと思う。
という事はこの流れからいくと自殺というのも犯罪であっておかしくないのではないか?
ただ本人が死んでいるので最高刑である死刑をすでに食らっているという状態になるのですでに刑が執行されたと見なされて無罪なのだろうか。
私は昔、自殺した人にも罰金を科すべきであり、しかも生半可なモノではなく1億円とかの罰金がよいかと思っていた。本人が死ぬのでその罰金は当然家族が払わなければいけない!など思っていた。しかし今はそうは思わない。それはこんな事件があったからかもしれない。
初めてすごく親しい人間が自殺したのは、私が経営していたメンズ(ホスト)の従業員だった。すごくいい加減で、女と金にダラしがないヤツだったが、スノボやサーフィンはすごく上手でプロ目指したいな…なんて言っていたヤツだった。性格はかなりちゃらんぽらんだったが、おもしろい性格で女性からは結構人気があり、店でもそこそこ客を呼んでいた。
そいつがウチの店をやめてしばらくして、真面目に好きな女が出来たと言った。そして結婚式には私も招待してもらった。仕事も転々としていたけれど、嫁のお父さん関係の仕事場で比較的真面目にやっていたそうだ。ただ、やはり女癖というのはそんなに簡単に直るものでもなく、それが原因で嫁は実家に戻り、産まれたばかりの自分の子供にすら会わせてもらえない状態になった。
彼は、そんな状況を本気で悔やみ、毎日毎日、嫁の実家に謝りに行ったらしいが、嫁の父親がガンとして拒否して嫁にも子供にも会わせなかった。
しかし彼はそんな現実をすごく仲の良い友達にまでも伏せていて、まるで楽しい新婚生活を送っているかのようにみんなに嘘をついていたらしい。
そして、そんな辛い生活が半年も続いたクリスマスイヴの日。その日はヤツにとっては誕生日でもあった。私もよく『お前、クリスマスが誕生日やったら、プレゼント1回分損するにゃー!!』などと、からかった事があるから忘れもしない。
その日は友達と誕生日会を兼ねて飯を食いながら酒を飲んでいたらしいのだが、夜も遅くなって『嫁と子供が待ちゆうき、帰っちゃらんと…』と言って帰ったそうだ。友達も現実を知らないので、その言葉を信じて『そうやにゃー、かわいそうなき、早う帰っちゃれや!』と言って送り出したそうだ。
しかし実際は、またいつものように嫁の実家に出向き、ちょっとでいいから自分の子供を抱かしてもらいたいと、お父さんに土下座してお願いしていた。しかし、答えはいつもと同じで、冷たくあしらわれて追い返されたようだが…。
次の朝、おばぁちゃんが朝起きて納屋に行ったら、彼はそこで首をつっていたらしい。
後に事実を知ったヤツの友達は向こうの家族を”人殺し”と罵った。葬式に来た向こうの家族に『どのツラさげて来ゆうがな!ブチ殺すぞ!!』と言って掴みかかった。
骨だけになった時、父親がいなかったヤツの父親代わりをして育てた兄貴分の人が泣きながら骨を食べたのを見た。仲が良かった連中は全員、泣き崩れていた。
母親はもう疲れ切っていたのか、泣いてはいなかった。すこし微笑んでいるようにも見えた。
私は、一緒に連れて行っていたホストの従業員連中に『ちゃんと見ちょけよ、どんな理由があっても死んだらこうなるって事。お前ら死ぬなよ。』と言った。
さっき、”自殺した人にも罰金を科すべきだと思う” と書いたが、こんな状況で母親が借金を抱えるハメになるなんて考えられない。たしかに自殺という道をえらんだヤツはバカだと思うが、残された家族は辛すぎる。ただ自殺しようと思う人間が、自分の身内が自分の自殺のせいで莫大な罰金を科せられるという現実があれば、ヤツは自殺しなかったかもしれない、とは思うが…。
所詮は”たられば論”なので、何の意味もない。
今ではクリスマスというのはウチの娘を喜ばせる楽しい日なのであるが、同時にヤツの誕生日であり命日である事は死ぬまで忘れる事ができない。
私には今までの人生で本当に心を許せると思う最高の親友と呼べる人間が4人ほどいる。
4人ほどというのは、微妙なラインに数名がひっかかっているからだ。笑
微妙なラインを合わせると10人ほどになる。
その中の4人の中の1人の話なのだが、広島県に住んでいたヤツがいた。2個下だったが、相当な天の邪鬼で、曲がった事をする人間が大嫌いで、人見知りで、面倒くさがりで、普通の人間からすると、とんでもなく取っつきにくい男だったと思うが、本当に男気があって、頭も良くて、すごく大好きなヤツだった。
そいつは、車が好きで日産に入り、くらだないディーラーに飽きてすぐやめて、民間工場に行き、そして自分らであたらしい工場を作ろうとした。何となく私と同じ流れだ。
2年前に久しぶりに彼を訪ねた。彼とは長い間会ってなかったのだが、ウチの娘と年が変わらないくらいのかわいい娘がいた事以外はほとんど変わってなかった。
タバコと酒はもうやめたと言っていた。その理由がおかしくって笑ってしまった。
数年会っていないはずの私と同じ理論だったからだ。依存するという行為がバカらしい。自分の言動はすべて自分でコントロールするべきだと彼は言った。
『いつ死んでも別に後悔なんかせんけぇのぉ、健康なんかどうでもええんじゃけど…。』
と言う言葉に久しぶりに本気で笑った。
そんな彼と、スーパーで私が買った、くそ甘い”杏露酒”を一緒にロックで飲んで、次の日は仕事だというにも関わらず、泊まらせてもらった。
次の知らせは、数ヶ月後だった。私がバリ島の戻ってからの話だ。
それは奥さんからのメールだった。
旦那が行方不明になった…と。
私は奇想天外な人生の彼に何があっても不思議だとは思わないが、かわいい娘を捨てる事だけは絶対にあり得ないと思ったので、心配しないように奥さんに言った。
本来ならすぐに駆けつけたかったが、バリ島からでは遠すぎる。
再々のメールで一日に何度も連絡を取った。
それから一週間が過ぎた時、奥さんから、旦那は山中で首をつって自殺したと連絡があった。
その男は絶対にそんな事をするヤツではない。奥さんの何かの勘違いだと思った。
何度も確認を取ったが、勘違いでも嘘でもなかった。
家のメモには”○○さんに騙された”という走り書きがあったらしい。そして実際に、その○○さんと一緒にその山中に行った可能性が高いらしい。
彼はその直前に父親を亡くしていて、遺産相続のお金で○○さんと一緒に工場を出す計画を立てていたようだ。しかし証言を取ろうと奥さんが母親を訪ねても、すっかり○○さんに怯えきった様子で関わりたくないといって逃げていたようだ。
○○さんは暴力団と強い繋がりがあり、金銭のトラブルで殺された可能性が高かったので、ヤツの奥さんは女一人で頑張って弁護士をつけて戦った。
しかし奥さんが弁護を頼んでも、引き受けてくれる弁護士はおらず、たらい回しにされた。
警察も全然、役に立たなかったと言っていた。そして結局、最後まで何の確証もお金も何もかも得る事はできないままに、全ては有耶無耶になった。
調べて後で分かった事だが、奥さん側についた弁護士も、相手の組織の息が掛かったグループだったらしい。そりゃ何もできんはずだ…。
変なのは、かなりおかしな事件なのに警察もすぐさま自殺で処理しており、詳しい現場検証、死体解剖などもされずにすぐに火葬されている事だ。ここまでは本当に単なる推測だが、警察もグルじゃないかと思う。しかし、それが本当であったとしても確証がないとどうしようもない。
日本にいるちょっと悪いグループに助けて貰おうと思って話を聞いてもらったのだが、『広島でしょ?気持ちはすごい分かりますけど、ますらおさん、手を出さんほうがえーですよ…。』と言われた。
それを聞いて、自分の心配はしなかったけど、一番に心配になったのは奥さんと子供だった。無理して追求し続けたら彼女らの人生はもっと滅茶滅茶になるかも知れないと思った。
何度かメールを奥さんには送っているのだが、それ以降は音信不通だ。
違う県に移って暮らすと言っていたので、平和に暮らしている事を願っている。
この件で、自殺者の家族が1億円の支払いが下されたと考えたら恐ろしい。
だから私の安易な考えは愚かだと気づかされた。
だが、自殺というのは殺人と同意義だと思うのできちんと法律でどうにかできないものかなとは未だに思っている。また不審死などというのは1年間に何十件か何百件もあると思うのだが、もっと真剣に警察は考えるべきだとも思う。命というモノは時としては重いが、時として軽過ぎる。
インドネシアに住んでいると人間の命が軽いなと感じる事がよくあるが、日本もある一線までは尊く重いけど、その一線を越えた所では同じように軽いのかな…などと思う。
それを知った上で自分や自分の家族、自分の集団を守っていくのが男の生きる意味だと思う。
頑張っていこう。
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