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2009年02月18日04:13

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ご飯を食べて〜進化する♪

                    人類は、もう進化しない
             http://www.gizmodo.jp/2008/10/post_4476.html 

原始時代は、力がなくて、敏捷性に欠け、知恵の働かない人間は、獣に食べられる運命にあったわけです。生き残るには生き物として優秀でなければならず、それが進化の原動力となっていると考えられてきました。

しかし、原始時代に比べればかなりユルい現代、人間の進化はどうなったのでしょうか?

このたび発表された、イギリスの遺伝子専門家Steve Jonesの意見はこうです。「セントラルヒーティングが行き届き、食べ物も十分に恵まれている近代世界では、遺伝子の変異が子孫になにかメリットを与えるとは考えられない。現代に産まれる赤ちゃんは健康で長生きする確率が高く、それは進化の重要な鍵である自然選択を引き起こすことにはつながらない」

「進化には3つの重要な要素があり、それは変異、ランダム変化、自然選択」だそうなんですが、テクノロジーの発達した時代では、生き残るのに遺伝子を変異させて必死で生き残る必要がないようなのです。

つまり人類は、今後はもう進化しないってことですね。一年戦争とかあればわかりませんが…

----------------------------コピペここまで-----------------------------------

おおおおおお!! 長年、ウズウズしていた謎というか、ひっかかっている事が、パキーンと晴れた気がする。 この文章自体は大した事はないし、人間がこれ以上進化しないというのもウソだと思うのだが…。

人間は、色んなモノに守られすぎて、特に日本を含む裕福な国では国家が安全や生活を守るのが当然な訳で。だから、結論から言うと”死ににくい”という事だ。

各々それぞれ色んな悩みもあるだろうし、死んでしまいたいと思った事がある人も少なくないとは思うが、色んな物で守られているから死ににくいのだ。死ににくいから死を考えないし、死から目をそらすし、また逆に死を簡単に選んだりもする。

生きる為に優秀でなければならない時代ではどんどんなくなってきた。私も映画や本でしか知らないが、戦後の日本はまだ優秀である必要があったようだが、今は別にニートだからといって即死ぬ訳ではない。

これが全ての色んなバカげた事件に繋がっている。モンスターペアレンツ、モンスターカスタマー。過保護の時代は、こういう意味のない主張というか、人間らしく生きるのが当然でそうでない世の中は異常だと感じてしまう世の中。お客様は神様で、安全を害する物は社会悪だとする。

確かに、安全で害の無い世の中は理想だ。しかし、それはみんなの犠牲や努力の積み重ねでやっと出来上がっているのであって、当たり前ではないと知るべきだ。

給食の牛乳の管理が悪くて、児童の何人かが体調を悪くした場合、親が学校に怒るのは当然だが、”責任を取って誰かをやめさせろ!”というのはまた違う話だ。

どうしてそうなったのかを究明し、二度と起こらないように徹底的に原因を究明し、それに関係があった全ての人間が責任を取るべきだし、全ての人間が全ての被害者に謝罪し、説明をするべきだろう。

校長1人が悪いとか、給食センターの所長1人が悪いだとか、そんなはずが絶対なく、それでも全責任を負って誰かが辞職するというケースもあるだろうが、それは本人の生き様や道徳や人情の問題であり、保護者が無理強いをさせるモノであっては絶対にならない。管理不行届き…それは社会的にそうだろうが、代表者を責めるという行為自体には全く意味がない。

また、例えば、殴られた人間が殴った人間を訴える。今の法律では大体殴った方が悪いから損害賠償だとか慰謝料だとかをふんだくる事ができるだろう。言葉の暴力に対して法律は割合寛容であるのに、実際、軽くコズいただけでも相当悪くなる。毎日イジメのようにアホアホと他人をナジるようなクソ人間にはお咎めなしで、我慢し切れずに、そいつを殴ったヤツは慰謝料を払わされる。なんという荒んだ世界だろうか。

世の中がどんどんネジれてきているが、人間の心がそんなにネジれているとは思わない。
人間というのはよっぽど努力しない限り自分がかわいいし、基本的に自己中だ。
だからそうなりすぎないように道徳がある。日本以外の多くの国ではその道徳は宗教であるが、日本では漠然とした道徳観がそれを支えている。

道徳観というのは曖昧であるので、過保護にされすぎてそれが当たり前になってしまい、少し道徳が狂っただけだろうとは思うが、どんなに狂おうが、何事にも感謝する気持ちを忘れてはいけないと思う。

飯が食えるってのもそれだけで幸せな事だし、自分がほしい物を買えるって事だってそれは素晴らしい事だと思う。

本当なら『お前、顔が嫌いだから、お前には売らない!』なんて店があってもおかしくないのだけど、それは日本の道徳に反する。それにも感謝しなければいけないって思う。

『売ってくれてありがとう!』だ。 『俺は金払ってる客だぞ!』であってはいけない。
生命に感謝する気持ちがあれば他人を不愉快にさせるような事も少なくなるように思う。

しかし難しいのは、私みたいなこの考えを、理解しない他人に無理強いすると喧嘩になるというのも事実だという事だ。それでは本末転倒だ。だから、若しくは身内だけに理解してもらうという展開しかない。そうでない場合は、教祖にでもなって布教活動するか、政治家になって日本を変えるしかない。しかし私は叩けば埃しか出ない体なので、権力者に潰されるのは目に見えて明らかだ…。穏便な老後を静かに暮らせる方が幸せそうな気もする。

私みたいなタイプの人間は誰しも、生まれる時代を間違えたかな?とか、俺の生き様はこんなモンじゃねぇ…などと漠然とした不安感と言うか、違和感を感じる事があると思う。
今までは”平和だから”そう感じるのかな?と思っていた。が、違った。”平和を当たり前だとみんなが思っているから”が正解だった。

だからその違和感を打開する為に、目立った事をしたかったし、事件を起こしたかったし、人と違った事をしたかった。今、思えば、あまり意味のない行動だったようにも思うが。

戦争だらけの世の中より、平和な世の中がいいに決まっている。しかし、生きるという緊張感をなくしては遺憾。今ある幸せにもっと気がつかんと遺憾。

私は娘を見ていると、この娘が大きくなっておばあちゃんになる頃には、私はもう死んでいて、その時にこの娘は何を考えているのかな?って、よく思う。
それが生きるという営みなのかな?って考える。





さっき、『これからの人間は進化しない!』に、反論して『進化する!』と書いたが、これからの人間はどういう風に進化するのだろうか?

退化する部分と進化する部分のバランスがうまくとれなくなって生物として存在が難しくなったら絶滅するかもしれない。まぁその前に地球だって永遠に存在する訳ではないから、地球上の人間の子孫が永久に存在するという方が無理があるのだが、絶滅の日が早くなるのはあまり嬉しい事ではない。どっちにせよ、それは何万年、何百万年、何億年、先の話だろうから、直接私にはあまり関係がない。そう言える私はすごくいい時期に生を受けた気がする。

ちなみにタイトルの歌は『ウゴウゴルーガ』の主題歌の一節だ…。
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