先ほどの日記をもう一度、ある事件を元に考え直してみたいと思います。
以前、まだ私が高知に住んでいた頃、万引きか何かを注意されたガキが逆恨みして、その商店に友達30人くらい引き連れて店先でたむろして営業妨害したり、その従業員の帰りを襲おうとした事件がありました。そこの専務は困り、私に連絡してきました。その専務というのも昔は暴走族仲間だったのですが、自分がガキを殴ったり、そういう事をおおっぴらに出来ないので、どう処理したらよいのか?という事で私に電話してきたようでした。
私の取った行動は、そこの首謀者のメンバーの年齢を調べて、その学校名簿を早急に調達する事、そして学校が分かった時点で先にその学校で怖がられているそいつの直接の先輩を探し出す事でした。その結果、そいつの学校の主犯者の2歳年上のヤンチャな少年を確保し、その主犯者とその仲がいい友達3人の実家の電話番号と住所を突き止めました。
ここまでに1時間くらいかかったけど、まだ近くの公園で30人がたむろしているとの情報を得て、そこへむかいました。こちらは、私と仲のよい元暴走族オッサン4人+主犯者の直接の先輩にあたるヤンチャな少年の5人。
最初は大人数いる事もあって、調子に乗っていたけど、主犯者の3人は、ものの3分でおとなしくなりました。それに追い込みをかけるように、刺青がガツン入った私の友達が爆音を立てて単車で公園内に現れて、その集まっている30人全員に「俺と喧嘩したいのは誰や?殺すぞ!!」と足や肩を軽く蹴ったり殴ったりしがら順番にガンくれていったのです。
私もコレにはちょっとビックリしました(笑。
そういう事をしちゃーいかんよ、いい年して…と思ったのですが、地面に座ってダルそうにしてたヤツや、ポケットに手をつっこんだままのヤツは、さらに蹴られて「死にたいか?ガキ」と1人づつ脅されていました。しかし、その甲斐あって?やっと全員が「気をつけ」の直立不動になりました。
主犯格のガキらは「本当に申し訳ない事をした。反省している。」と言っていたので、私は「その言葉がウソでないのなら、迷惑をかけたお店にあやまりにいきなさい。」と言うと「分かりました」と言い、あやまりに行きました。
その他の取り巻きはダラダラと解散していたのですが、さらに「おまえらも謝りにいけや。マジ1人1人家庭訪問いくぞ、コラ」と言うと、さーっと散って行きました。
暴力がいい事だとは言いませんが、自分らが、かなわないと思える集団があると言うのは勉強になると思います。歴史を見る限り、平和は戦争の上に成り立っていると言っても過言じゃないと思います。人間の原始的な本質は争いにあるのだとも思います。その本質を知りつつ、それを駆使しない人間になるのが、立派な人間作りになる気がします。世の中、汚い事だらけなので、それを知ってショックを受けない強い心を育てるべきだと思います。そして自分の不幸ばっかり言うバカを育てるんじゃなくって、産まれてきた事に感謝ができる人間を育てべきだと思います。
その後、取り巻きはよく知らないですが、その主犯者のガキ連中はその後、ばったり街で会ったりしても礼儀正しい、よい感じの少年だったです。これは法律違反なので、褒められる事ではないですが、ウチの飲み屋に遊びにきて、お詫びをして、飲んでいったりもしました。
要は手段どうこうではなく、心が通じるかどうか?なんでしょうね。ひねくれたガキには荒業が必要かもしれないという事でしょう。
叱る方も、自分の立場や気持ちだけで、叱るのはダメで、その人間の人生に興味がなければ、その心は通じないと思います。
「他の人が迷惑してるでしょう!!」
「みんながやってる事だから守りなさい!!」
だけでは通じないのかも知れません。
全く関係のないその人間を叱る、つまりは関わるという事は、単にクチを挟むという軽い事じゃなさそうです。
大事なのは「心」のようです。
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