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2007年02月01日00:55

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東西「福の神」考〜仙台四郎とビリケンさん〜

歳の初めなので、、て、もー2月1日かよ?w
まー縁起モンで東西の「福の神/商売繁盛の神さん」に
ついて書こうと思う。


『東の仙台四郎』
『西のビリケンさん』である。
そのお姿をご覧になれば一度や二度はお見かけしたことは
皆さんあるハズと思う。
わらしのふらふら回遊する飲み屋さんはだいたい
この2つのうち何れかを祭ってある。ご当地の方々は
良くご存知と思うが、知らない方のためにお浚いして置こう。

【仙台四郎】※この方は実在した神様である。
仙台 四郎(せんだい しろう、1860年頃 - 1902年頃)は、明治時代の仙台の人で、現代まで福の神として崇められている。本名は芳賀四郎。知能障害で話すことができなかったが、四郎がいる店は繁盛するとして各地でもてなされた。没後、商売繁盛のご利益があるとしてその写真が飾られるようになり、今日に至る。

火の見櫓のそばに生家があったため、櫓下四郎と呼ばれ、「四郎馬鹿」「シロバカ」などとも呼ばれた。元々は聡明な子供だったが、7歳の時に花火見物中、誤って広瀬川に転落して溺れ、1週間意識不明で生死の境をさまよったのが元で、知能の発達が遅れだしたのだという。言葉は「バアヤン」としか話さず、市中を歩き回って人に金品をもらったりしていた。人に危害をなすことはなく、子供が好きで、いつもニコニコと機嫌よく笑っていたという。立ち寄る店は必ず繁盛するとされたため、どこでも無料でもてなされた。四郎は素直な性質であったが、気に入らない店には誘われても決して行かなかったという。やはり無料で鉄道を利用し、白石、白河、福島、山形まで足を伸ばしていたらしい。1902年頃に47才で須賀川で死んだとされるが、はっきりしない。なお記録としては鉄道で外遊に出る由、新聞記事に載ったものが最後と云う。

写真が一枚だけ残っており、大正に入るころに、仙台市内の千葉写真館が「明治福の神(仙台四郎君)」と銘打ってこの写真を売り出した。このときから「仙台四郎」と呼ばれるようになった。四郎の人気は盛衰あり、2005年現在の流行は1980年代に始まったもので、大小の人形と写真が売り出され、仙台の名物になっている。写真に見る仙台四郎は、縞模様の和服に懐手をして笑っており、膝の奥に黒い影があるように見える。今売られている人形のほとんどは、これを陰嚢に見立てて造形している。

写真版四郎にも様々なバリエーションがあり、男根がそのまま写っているものや、影で覆わず、着物がはだけていないように写っているものなどが有る。

【ビリケン】※この神様は最近渡来の舶来の神様である。
ラッキー・ビリケン(Billiken)は、幸運の神の像。日本では大阪の二代目通天閣にあるものが有名である。

尖った頭と吊り上がった目が特徴の子供の姿をしている。

元々は、1908年にアメリカの芸術家フローレンス・プリッツが制作した像で、彼女が夢の中で見た神がモデルになっているという。これをモデルにした像が、「幸福の神様」として世界中に流行した。日本においては、特に足を掻いてあげるとご利益があるとされている。一説にはインディアンの子供とかキューピッドの変形との説もある。本国アメリカではいまだにセント
ルイス大学の「マスコット」も立派に勤めてらっしゃるw
>>http://slubillikens.cstv.com/trads/billiken.html

日本には、1909年頃渡来し、1911年大阪の繊維会社「神田屋田村商店」(現・田村駒(株))が商標登録を行い、販売促進用品や商品キャラクターとして使用した。

1912年、大阪の新世界に遊園地ルナパーク(別名・月の園)がオープンする際、当時流行していたビリケン像が置かれ、新世界の名物となった。しかし、ルナパークの閉鎖とともに、ビリケン像は行方不明となった。

1979年、通天閣に「通天閣ふれあい広場」を作る際、かつて新世界の名物であったビリケン像を復活させることになった。伊丹市在住の安藤新平の彫刻により、戦前のビリケン像が木彫で復元され、以来通天閣の名物となっている。1996年には通天閣を舞台とした阪本順治監督の映画『ビリケン』が公開された。

七福神にビリケンを加え、八福神と称する事もある。

かたや、実在の人間の神格化、方や南蛮渡りのの空想の偶像の神格化であるが、共通点はデフォルメするといずれも「イノセンス」な子供の姿にデフォルメされやすいということだけだろう。何故?商売や幸運やラッキーの信仰の対象が「子供」の姿なのだろう?「欲」と無縁である象徴なのだろうか?
仙台四郎の方は実在の人物ではあるが「福助」や「招き猫」の延長線上的思考で「座敷童子」や「おしら様」等の東北の土着信仰との因果も容易に推測されるのだが、一方「ビリケン」は出自が人工の空想の産物で由来すらもあまり伝わってない。ただ、メリケンさんの大学が「マスコット」として長らく起用しているところをみると、みうらじゅん言うところの元祖癒し仏像系「ゆるキャラ」出発なのだろう。
また、東日本と西日本の「商売」の考え方の違いや共通点もこの両者に現れているようにも思う。
ビジネスのギスギスした欲得、損得の世界を「欲得無縁・損得抜き」の存在が、時に実在の存在として、また時に二次元、三次元の癒しの偶像として潤滑油の役目を果たしてきたところを
みるとビジネスには今も昔もキャラクターモノが不可欠なのだろう。ご当地のmixiの方々や、現地にご出張時見かけたレポートをいただけると有難い。





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