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2026年09月04日20:21

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斯波義銀 の雑感

松尾(剛次)先生の「最上義光」を再読しているのだけれども、小田原遅参の際に秀吉にとりなしてくれた人物の一人として斯波義銀の名前が出てきて驚く。前回読んだときには、この辺の部分を読み飛ばしてしまっていたらしい。そういえば義銀が追放されたあとのことは詳しく知らなかったな…と思いネット検索。

義銀は信長に追放された尾張守護なのだけれども、やはり斯波家ということで上方でも面倒見てくれる人が結構いて、そうこうしているうちに信長と和解して尾張に帰郷。義銀の娘が信包と結婚するなどしたため、準一門衆みたいな扱いになった。

本能寺以降は、信雄の家老となっていた実弟・津川雄光と行動をともにしていたが、その津川雄光は 小牧長久手の直前に秀吉との通謀を疑った信雄によって殺害されてしまったため、義銀は秀吉に降参。以後は御伽衆として秀吉に仕える。

最上や大崎の同族であるということで、小田原の頃は東北方面の外交を任されていたのだけれども(※最上氏を執り成したのはこの頃)、その後に北条の助命嘆願をしたことで秀吉の不興を買い失脚。このときは家康の執り成しで赦免されているが、その後に何らかの理由でまた失脚。関ケ原の前後くらいで死亡 という感じだった。早々にフェードアウトしたと思っていた人物が、実は後々の事案にも関わっていたというのは歴史あるあるネタだよなと。

ちなみに大河「キング・オブ・ジパング」のときに斯波義銀を演じたのが、山本耕史だったという話。お前のようなマッチョな斯波義銀がいてたまるか と思ったけれど、当時の山本耕史は(16)なので体が仕上がってなくても仕方ない。山本曰く「真田丸出演のときに 戦国武将を演じるのだから…と体をバルクアップさせた」とのことだけれども、真田丸で山本が演じたのは石田三成。山本は三成にどれだけマッチョなイメージを抱いていたのかと。
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