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2026年09月01日18:15

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農家の妻を強姦した大名 の雑感

「農家の妻を強姦」「助けにきた旦那の腕を切断」40歳を過ぎて色欲に囚われた「愚かな大名」
https://news.yahoo.co.jp/articles/bd75ea11007c71a514ff835baa5db1cc753c1ad6

当時浜松藩主の井上正甫という話。これが原因で棚倉に領地替えになるのだけれども、家督を譲った息子が普通に出世コースを歩んで再び浜松藩主となり、正甫も最後は浜松で死ぬことが出来た みたいなオチ。

三河井上が幕閣に食い込んだのは、主に秀忠に仕えた正就のとき。秀忠の乳母の一人が正就の母という縁で引き立てられ、側近として出世コースを歩んでいた。

正就の嫡男は幕臣の娘との結婚が決まっていたが、権勢を握りつつあった春日局の横槍によって破談となり、代わって鳥居元忠の息子・成次の娘と婚約。これに仲人役であった豊島信満が激怒して、正就を江戸城で殺害して自らも切腹する事件が発生。もちろん悪かったのは春日局なので、正就の遺族にはお咎めなし。豊島信満の遺族にも最低限の処罰で済ませている(それでも嫡男は切腹を免れなかったが)。

まぁ正甫がやらかしてしまったことは間違いけれど、領地替えにまで至ったのは浜松城主になりたかった水野忠邦の意向が働いていたのは間違いないし、徳川としても正就の件での負い目は忘れてないわけで、正甫の息子は普通に出世コースを歩ませたし、水野忠邦失脚後は浜松に戻した という話なんだろうと。

子供の頃に読んだ長宗我部元親の小説における一条兼定が「百性の妻を強姦」みたいな感じで描かれていたのだけれども、後に調べてみたら「百姓の娘に一目惚れして農村に通うようになり、政務が疎かになって家臣から見放された」という伝承が残っているだけ。全然違うじゃないかと驚いたことがある。兼定の暗君っぷりを強調するために、正甫のエピソードを元にアレンジしたのかな と思わないでもない。
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