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2026年06月05日07:51

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別所重棟の子孫 の雑感

別所長治はなぜ秀吉に反発したのか?信長との蜜月関係から読み解く謀反前夜の動きとは?
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/5d6f9225248022bc7b3f1ecd51a8baf01a5fed53
大門先生コラム。例のごとくなぜ秀吉の反発したのかサッパリ分からない内容で、記事タイトルどうにかならないのかな…と。

>別所重棟

別所家の中での親織田派の代表格。織田方に残った重棟は生き残ることになり、後に福島正則の姉と結婚。生まれた男子の一人が福島正則の養子となるが、正則に男子が生まれると、発狂したとして押し込められて死亡。残された妻(家康の養女)は男子を連れて再婚するが、その嫁ぎ先がというのが津軽信枚という流れ。

ちなみに連れ子(別所重棟から見ると孫)は津軽家の家臣の養子になったのだけれども、その家臣というのが、これまで何度かネタにしてきた 大道寺政繁の養子である大道寺直英。

連れ子こと大道寺直秀のその後。信枚の男子が揃って若年だったので、信枚の跡目を継げるのではないかと期待していたものの、跡を継いだのは信義(母は石田三成の娘)。ブチ切れた直秀は、当時断絶していた福島家の跡取りになるべく活動を開始するが、直後に死亡。養父か実母に毒殺されたのではないかと言われているが、その辺は藪の中。

直秀には娘がいたので、信枚の七男(もしくは十一男)が婿入。大道寺家は家老の家柄として続くこととなり、明治維新後に大道寺の末裔が興した商会が、今でも県内企業として活躍している。主な売り物はサケ軟骨由来のクロテオグリカン、これには最上義光もニッコリ。

なお婿入した信枚の七男も、信義を藩主の座から引きずり降ろそうして逆に処分され、後に許されるが謎に中毒死している。なんだかなぁ。
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