藤村佑は、小学生の頃からバスケ一筋で成長してきた高校生。しかし高2の引退前に部活を辞めなくてはいけない事態に陥った。母・美咲がALSを発症し、自宅介護が必要になったのだ。母子家庭の一人っ子である佑が、ヘルパーが帰った夜間や休日も独りで介護をすることになる。睡眠不足にもなり、部活どころか学業もおろそかになってしまう状況だ。中途半端にチームメイトに背を向けてしまった罪悪感、家を出て東京の大学に進学したいという夢など、誰にも言い出せない思いを抱えていた佑は、高3になった頃には既に諦めの境地に達していた…
「90メートル」
以下、「ネタバレのことを言うと怒るから…」



問題やハンディキャップを抱えた親とその子供の関係性を描く幾多の作品同様、本作もアルゴリズムのように定型化したプロセスで進みます。即ち「反発→和解→巣立ち」という流れ。最近では「ぼくが生きてる、ふたつの世界」が思い浮かぶし、このプロセスを20 年かけてやり遂げた「北の国から」がわかりやすいですね。洋画なら「ホエール」とかかな。つまり何の目新しさも無いし泣きどころも決まっているので、チャチャっと涙カツアゲ映画を作りたければプロットは簡単にできるはず。そんなわけで冒頭でTBSロゴが出てきてまず落胆。どうせまた、気楽に作った泣かせ映画だろうと思ってしまったから。TV局映画に対する偏見が酷いな俺。
で結論。
…気楽どころか丁寧すぎる、完璧に近い映画でしたね。
「親もしくは親の病気と向き合う」という凡百のお涙頂戴映画と違うのは、「親と向き合うだけでなく自分と向き合う」点。ヤングケアラーになってしまうことでイライラ→受容で落ち着くのが普通なのに、24時間ケアの申請が通ったことで「解放」というあまり見たことがない展開が待っています。そこで自分を見つめ直して成長していく過程が描かれていくんですよね。〈可哀想〉で済ませないオリジナリティでエンタメ度を上げていることにまず唸ります。そしていみじくも佑が面接で口にする「可哀想という他人の思いが、母親を侮辱している」というセリフで難病映画を相対化してみせるところにも驚かされましたね。本作がお涙カツアゲ映画の殻を被った見事な青春映画であったことに気付かされた瞬間です。演出面でも、全ての要素が出しゃばらないというのが最高で、音楽・カメラアングル・照明に至るまで劇的さを排除していることにも好感。主演2人はもちろん、脇のキャラにも皆「思い」や背景が滲む描き方がされていて、見事だったと思います。日記とコールという二つの小道具伏線の破壊力…母の愛と子の愛という芯のテーマが最後に明らかになることで感動が波のように押し寄せてくる作り、お見事な脚本としか言えないですよ。TBSのロゴが見間違いだったのではと思う作品でございます。欠点を強いてあげれば、経済描写の欠落が引っ掛かるとこ。藤村親子の生活費は何処からきているんだというのが気にはなったんだけど、まぁそれは置いといても、傑作と呼ぶにやぶさかじゃないです。実に素晴らしかった。
で、そんな俺が泣いたか?ですけど…
「そいつは言えねえなぁ!」
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